難解な問題は解けるけれど、たった一つの問題が未だ解けない

      
                              
色方程式


今日最後の授業を終えたアスランは手早く教材を纏めると教室を出た。夕焼け色に染まった廊下には友人と談笑する生徒が多数いる。何を話しているかは聞こえないがその様子はひどく楽しそうだ。今日一日の授業から解放された生徒達の表情は明るい。帰宅する者、部活へ向かう者、放課後の使い方は人それぞれだが、彼らが行き来する廊下は日中とは異なる賑わいを見せていた。

すれ違う生徒と短い挨拶を交わしながら準備室に戻ろうと歩いていたアスランの足がぴたりと止まった。一点を見つめるその瞳に暗い影が落ちる。苦しそうに顔を歪めるアスランの、教材を持っていない方の手は無意識に拳を握って、あまりに強く握り締めた所為で白くなる。
彼が見つめる視線の先。そこにはアスランの同僚と楽しそうに話をしているカガリの姿があった。
ディアッカとイザークに笑いかけるその笑顔を、この時は酷く苦い思いで見つめる。自分に向けられる時は眩暈すら伴う程に眩しい笑顔は今は他の男の物だ。これ以上目の前の光景を見ていたくなくて、アスランは足早にその場を去った。





放課後の喧騒から離れた空間はやけに静かだ。
閉め切っていた窓を開けると遠くから吹奏楽部のパート練習の演奏や、野球部のノックの音が聞こえる。ふわりとカーテンを揺らす風が準備室に籠もっていた空気を綺麗なものに変えていく。けれど胸に滞る思いは行き場をなくして未だぐるぐると渦を巻いていた。この気持ちを少しでも紛らわそうと、パソコンを立ち上げると慣れた手つきで操作をして小テスト作成のフォルダを開けた。教科書を開いて次単元のページを捲ると、内容を一読して重要な公式や問題に目を通し、そこから基本問題と応用問題を五問ずつ作る。
凄まじい速さで作業を進めていたアスランだったが、動かしていた手を一旦止めて途中まで打ち込んでいた数式を暫し見つめた後、小気味良い音を立ててデリートキーを叩いた。ふと顔を上げて時計を見ると、この部屋に入ってからそれなりの時間が経っている事が見て取れた。カガリはまだやって来ない。まだあの廊下で話し込んでいるのだろうか。そう考えると怒りに似た何かが再び沸き起こる。その矛先を彼女に向けてしまうかもしれない自分が嫌だった。この気持ちも、その原因になる男達の存在も、このキーで削除出来ればどれだけ良いだろう。

そうすれば、廊下の向こうから聞こえてきた足音の主を笑って迎える事ができたろうに。






ぱたぱたと近づいてきた足音がアスランのいる準備室の前でぴたりと止まった。一呼吸空けて、扉が数度叩かれる。入室を促す言葉を扉に向かって一言投げると息を弾ませたカガリがひょこりと顔を覗かせた。
琥珀の瞳がアスランの存在を見止めると、扉を閉めて小走りで机脇に駆け寄ってくる。いつもなら笑顔でそれを迎えるが今のアスランは走り寄ってくるカガリの笑顔を直視できなかった。

「随分と遅かったな」

先程のヴィジョンがちらついてどうしても口調が冷たくなってしまう。
それを言葉通りに受け取ったのか。カガリはすまなそうにアスランに詫びた。

「ごめん。ちょっと話し込んでしまって」
「・・・・イザークとディアッカと?」

ノートパソコンのディスプレイを閉じて立ち上がると、驚いて目を瞬かせるカガリを見た。椅子を引いて立ち上がると一歩また一歩カガリとの距離を縮める。

「え、見てたのか?」

目を瞬かせて見上げてくるカガリの目には純然な驚きだけが見えた。それが逆にアスランの気持ちを逆立てる。

「何を話していたんだ。俺が呼んでいたのにイザークとディアッカなんかと」

投げつけた言葉に、カガリの表情がさっと変わった。

「『なんか』って言い方はないんじゃないか?ジュール先生とエルスマン先生は私の期末試験の間違い箇所について教えてくれたんだぞ。それに二人ともお前の先輩なんだろ?そんな風に言っちゃだめだ」

確かにイザークとディアッカはアスランの高校、大学の一期上だ。
けれど何かに付けて自分を敵視するイザークと、面白がってそれを煽り立てるディアッカにはお世辞にも年長者らしい振る舞いを受けた事はない。
それに。
目が眩む橙色の夕日の中で微かに見えたイザークの微笑がアスランの胸を焼く。ちりちり、ちりちりと。
不本意ではあるがそれなりに長い付き合いの中で、鋭く尖ったアイスブルーがあのように緩やかに溶けたのを見た事がない。アスランの中での先行される彼のイメージは『常に怒っている』であった位に、イザーク・ジュールという人間の中で喜怒哀楽の『怒』の割合は大きかった。
そんなイザークが生徒とは言え、異性にそんな表情を見せた事。その相手が他でもないカガリだった事。それが大いなる焦燥感となってアスランを襲う。
もう限界だった。



「教師だって教え子に惹かれる事もあるんだよ」



素直で幼いカガリ。
愛おしくて愛おしくて。
それ故に、カガリに近づく全ての男を疎ましいと思うこの気持ちをどうしたらわかってもらえるのだろう?


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80,000ヒット御礼第二編

物凄い勢いで滑車を回すハツカネズミの図。




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