休日の午後はたっぷり遊んで、手を洗って、ミルクとお菓子を平らげて。
とろんとなる目を擦るカガリとキラと、一枚のブランケットを共有する。
全力でカガリと遊んでいたキラは早々に夢の中。キラとは同年である筈なのに、こういう光景を何度も見ていると、まるで手のかかる弟のように思えてくる。アスランのシャツを小さな手で握り締めたまま眠るカガリとキラの寝顔はよく似ていて、さすが兄妹だと今更ながらな感想を抱いた。
カリダがダイニングキッチンで動き回る音が、穏やかな陽気と相まってアスランをも眠りへと誘う。
カガリを寝かしつけるをいう任を終えたアスランの瞼も次第に重くなり始めて。
ポンポンと一定のリズムでカガリの背を叩いていた腕は、徐々にその間隔を長くし、いつしか三人分の寝息が聞こえるようになる。
三人分の体温でほかほかと温かいブランケット。
記憶に残る温度を持った優しい思い出。


                         sleeping precious lady


ジワジワと。
儚い命を燃やして蝉達が鳴き続ける季節。


天気予報では連日太陽のマークが連なり、その予報を裏切らず、窓の向こうに広がるのは水色の色紙を切り取ったような、抜けんばかりの快晴。
季節は夏。そして学生にとっては夏の暑さの恵み、長い長い夏休みが始まった。



そんな中、晴れ渡る空を見上げて、恨めしそうに手元に視線を落とす少女が一人。
テーブルに広げた問題集の問いを見て、カガリは眉間に深く皺を寄せた。
学校に行く必要がない夏休み中、長期間に及ぶ休みに生徒達が夏休みボケを起こさないようにという学校側の考慮で、ありがたくもない(むしろ迷惑な)課題が各教科から大量に出されたのは夏休み前の事。二・三年は同じ位の量の課題に上乗せで、夏期講習という名の授業があるのだから、それに比べたら自分達は楽な方なのだろう。けれど、明日は我が身である上に、目の前に鎮座する課題の山を見て、未だ良かったとはとても思えなかった。

現代文、世界史、英語とった文系教科は自分一人で解ける問題が大半だったし、解らない問題に関してはフレイやミリアリアと共同戦線を張ってなんとかなった。涼しくて快適な図書館は絶好の勉強会場で、家に閉じ篭って机に向かうよりも気分が切り替えられて中々良かったように思う。勉強は得意ではないけれど、解らなかった問題が解けた時はやはり嬉しいし、それに勉強を終えた後でフレイ達と食べるアイスクリームは格別に美味しく感じた。


けれど。

持っていたペンを卓上に転がして、ひんやりする机に頬を寄せる。
どれだけ参考書を捲れども、物理と数学の応用問題は解る気配すら見当たらない。

こういう時に無意識に頼ってしまうのは今も昔も歳の離れた幼馴染で、彼の人はといえば自室でパソコンに向き合っている最中だ。夏休みと言えども彼の職業柄、休みを謳歌出来るという訳ではないらしい。
区切りが付いたら直ぐに戻ると言ってくれた恋人が現れるまで、こうして最後の足掻きとばかりに問題に向き合ってみるものの、やはり現状は変わらない。
数学教師のアスランに他教科の事まで聞くのはどうかと思ったが―ただでさえ貴重な休みに駆け込んだのに―学生の頃からどんな教科もオールマイティーにこなしていたアスランは、教え方がその教科の教師よりも上手で頭に入り易い。
音楽と美術以外は完全無敵の優等生だったアスランは、カガリにとって身近にいるこの上ない強力な助っ人だ。

早く戻ってきてくれないかな・・・・・・―

間近過ぎてぼやけて見える数式に嫌気が差して、目を瞑る事でその存在も消そうとした。




休み明けに実施する小テスト用の問題ストックを作り終えたアスランは、ぎしりと音を立てて椅子に凭れ掛かった。作成したデータを保存して電源を落とすと、眼鏡を外してデスクの横に置くとブラックアウトした画面を一瞥して、傍の時計を見遣る。示している時刻は作業を始めて然程時間は経っていない事を伝えている。
それでも恋人をリビングに一人にしてしまっている現状に、アスランは片付けもそこそこに椅子から立ち上がった。

カガリは待ちくたびれていないだろうか?

カガリは待つと言ってくれたが、アスラン自身がプライベートでカガリとゆっくり過ごせる事を楽しみにしていたので、少しでも時間を取り戻そうと自室の扉を開けた。



「カガリ、お待たせ」

小さく音を立てて開く扉を押してリビングに足を踏み入れる。室内に向かって口を開けば、頬を膨らましたカガリの顔がすぐに見えると思っていた。しかし室内からは何の反応もカガリの姿も見当たらず、アスランは首を傾げる。カガリがいる筈のテーブルの方に数歩歩いて、飛び込んできた光景に一瞬驚いたように目を見開いた。けれどその目は緩やかに笑みに変わり、足音を立てないようにそっとアスランは再び自室へと踵を返した。
アスランの視線の先。

フローリングに横たわり、カガリは気持ち良さそうに目を閉じていた。



自室から寝室へ戻ったアスランは、カガリを起こさないように慎重にブランケットを掛けてやり、その横に腰を下ろすと、小さく寝息を立てるカガリの顔を覗きこんだ。待ちくたびれたのか、それとも解らない問題に頭がオーバーフローを起こしてしまったのか。テーブルの上には本やノートが開いたままになっている。
寝入ってしまう位に待たせた事実に、寝顔に向かってごめんと呟いた。

あどけなく、昔と重なるカガリの寝顔。昔はよくキラとカガリと三人で一枚のブランケットで昼寝をしたものだ。
その頃が甦り、あの時していたようにカガリの髪を軽く撫でてやった。

「ん・・・・」

アスランの手に反応したのか、カガリが漏らした声にアスランは反射的に手を離す。が、閉じていた琥珀の瞳はゆるゆると開いていく。その目がぼんやりとアスランを映すと、ふにゃりと頬を緩めて腕を伸ばしてきた。
両腕がアスランの首に回わり、次の瞬間力いっぱいカガリの方に引き寄せられる。

「うわっ」

咄嗟に床に肘をつき、カガリに体重がかからないように体を支えた。
突然の事に驚いてカガリを見下ろすが、当の彼女は何事もなかったように再びすやすやと眠りに落ちている。きっと寝惚けて手近なものにしがみついたのだろう。そういえば幼い頃もよくカガリに抱きつかれたままの格好で眠ったものだった。
驚かされた礼に悪戯でもしてやろうかという考えも頭をよぎるが、そんな邪念は幸せそうな寝顔に四散してしまう。

カガリを起こさないように少しずつ体をずらし、最後に華奢な体を抱きこむ形をとる。起きた時のカガリの反応を想像すると頬が緩むのは仕方のない事だろう。彼女は怒るだろうか、それとも恥ずかしがるだろうか。
こういう体勢になった元々の原因はカガリなのに、もしこちらばかりを糾弾するなら、その時は文句を言えなくなるようにするまでだ。むしろそんな流れになる事を楽しみにしている自分が確かにいる。

床に散らばる髪が、カーテン越しに光を受けて明るい光を放っているのを眩しく見つめた。


間近で見える寝顔や、ふとした時に見せる癖は以前と一緒。
けれど腕の中の少女から香るのは草木の匂いでもミルクの匂いでもない、仄かな甘い香り。
ヴァニラエッセンスみたいに甘ったるくなく、フレグランスのような華やいだものとも違う。
アスランが一番好きな香り。


その香りをいっぱい吸い込んで、愛おしさで満たされた息を吐く。



温かなカガリの体を抱き締めて、アスランも久方ぶりの昼寝を満喫する事にした。




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送