緩やかな坂へと続いていく、街路樹の植えられた大通りを上ると視界が一気に広く開け、眼前には穏やかな表情の海が見える。どこまでも続くと錯覚する長い道を一歩横に逸れると、その町で暮らす住民の住居区画があった。頭上に目を転じるとアパートメント同士に結わえられたロープが行き交っており、白い洗濯物が風を受けてはためいていた。風に乗って香るのは洗剤の香りか。石畳の道は降り注ぐ太陽の光を反射して目に眩しい程だ。耳を澄ませば幼子の泣き声や主婦達の陽気な笑い声が路地のあちらこちらから聞こえる。
横道に向けていた目を大通りに戻すと、一つ先の曲がり角に何種類もの色とりどりの花がバケツいっぱいに置かれている花屋が見えた。栗色の髪を靡かせて、今日も店の女性が忙しそうに仕事をしている。初老の女性が店内に入ると、嬉しそうに駆け寄って談笑し始めた。ガラス越しにその様子を見ながら角を曲がって数分歩くと、正面にレンガ造りの建物が目に入る。緑の蔦とレンガの茶の組み合わせとゆったりと流れる雲の動きが、訪れる人々に、そこだけ時の流れを遅くしているような印象を与えている。その建物の周りには手入れの行き届いた薔薇が植えられていた。ピンクや白、オレンジと、淡色で纏められている花は、吹く風に身を任せて揺らめいている。風に揺れているのは花だけなく、入り口横に掛けられているプレートも同様で、気紛れな風が通り過ぎるとプレートの文字が漸く読めるようになった。

そこには『eternity』―永遠を意味する名が印されていた。


                            polygonal eternity

「おはよー・・・」
今日もキラ・ヤマトの第一声はやたらと間延びした挨拶から始まる。ペタンペタンとスリッパを鳴らしてダイニングに現れたキラを、既に集まっていた三人が三者三様の挨拶で迎えた。
「おはよ、キラ。いい天気なんだからしゃんとしろよ」
「んー」
漂う美味しそうな香りに鼻をひくひくと動かしていると、戸棚から人数分の皿とカップを取り出したカガリがパタパタと動きながら振り返った。双子の妹(カガリは頑なに自分が姉だと主張するがこれは譲れない)は低血圧のキラと正反対で、早朝だというのにとても元気だ。四枚重なった皿をテーブルに置いて、その中の一枚をカウンター越しに佇む青年に渡す。糊の効いた真っ白なシャツを着た青年は、横を通り過ぎるキラを見て目敏く口を開いた。
「キラ、寝癖付いてる。店に出る前に直しておけ」
「わーかってるよ、もう」
カガリから皿を受け取ったアスランは、小気味良い音を立てたトースターから厚切りのトーストを取り出すと、焼きたてのそれにキラ用にストロベリージャムをたっぷり塗ってキラに寄越した。呆れ顔で指摘する、幼馴染兼同居人の言葉は半覚醒状態の脳には上手く届かず、右の耳から左の耳へとへと抜けてしまう。口煩い友人にひらひらと手を振って、ダイニングキッチンの自分の席に着く。既に用意されていたカップにコーヒーと紅茶を注いで、瓶の中から砂糖を掬ってくるくると回していると後ろからもう一人の同居人の声がした。
「おはようございます、キラ」
「おはよう、ラクス」
恋人の声を聞いた途端キラの表情が変わった。それまで半分しか覚醒していなかった頭はここに来て漸く目覚め、跳ねた髪を撫で付け、数分前には考えられない爽やかな笑顔で後ろを振り返る。見事な切り替わり様にアスランが溜息を付くのを聞かなかった事にして、そこに立っていたラクスと挨拶を交わすと、彼女の抱えていたトレーを代わりにテーブルに運んだ。その後にアスランとカガリが手早く料理を並べると、いつもの朝と変わらぬ朝食風景が完成する。全員席に着いて、いただきますとお互いの顔を見た後、いつもの賑やかな朝が始まった。



「そういえば、今日のランチは何になったの?」
食事を摂り始めて脳が活性化したようで、キラは口をもぐもぐと動かしながらラクスに尋ねた。紅茶を啜っていたラクスは手に持っていたカップを置いて、おっとりと口を開いた。
「マードックさんが旬の良い野菜が入ったと喜んでましたわ。港でも新鮮な海老を仕入れてくださったので、それを使ったクリームグラタンと、野菜サラダ、それから二種のサンドウィッチとスープをセットにする、と仰ってました」
「へー、美味しそうだね」
調理場を取り仕切るマードックの腕は折り紙つきだ。それは舌で確かめたキラも知っている。失礼な事を言うようだが、繊細さとは掛け離れている彼の外見とは裏腹に、作り出される料理はどれも繊細な味で且つ見た目も美しい。リアルに匂い付きでメニューを想像したキラは自然と出てくる唾を飲み込んだ。

ねえ、と同意を求めようと正面を見たキラは、目に映った光景に器用に片眉を吊り上げた。てっきり一緒に話を聞いているものだと思っていたアスランが、カガリの口元に付いていたスクランブルエッグの欠片を指で取って自分の口に入れたのをばっちり見てしまったからだ。驚くカガリにアスランが(気色悪い位の)笑顔を向けると、カガリはぷいっと横を向いてしまったが、その顔は見事に真っ赤だった。気のせいかピンク色のハートが二人の周りに乱舞しているように見える。頭の中でそれらを全て叩き落して、冷静さを作ると一呼吸置いて口を開いた。

「アスランもカガリもさぁ、朝っぱらからいちゃつかないでよ。見てるこっちが恥ずかしくなるんだから」
他人のラブコメほど目に付くものはない。それが自分の妹と親友なら尚更だ。にっこり笑いかけると、カガリは頬を染めて下を向き、アスランは誤魔化すようにコーヒーカップに口をつけた。カガリの反応はともかく、アスランの態度はキラのシスコンスイッチをオンにするのに十分なものだった。

「アスラン。君、営業スマイルの才能はないけど記憶力だけは抜群なんだから、マードックさんに今日のメニューの事聞いて、判り易くお客さんに説明してね」
『だけ』がやけに強調されたように聞こえたのは気のせいではないだろう。言いたい事を言ったキラはすっきりした顔で最後の一口になったトーストを口に入れた。




キッチンが開店の準備に追われている中、ラクスとカガリは店内のチェックに余念がない。クロスをセットしてテーブル上の花瓶に新しい花を挿す。カガリが店内を回りながらてきぱきと動いていると、スカートの裾を揺らしてラクスが横に立った。
「カガリ、リボンが少し曲がっていますわ」
「ああ、悪い。ありがとう」
そう言って、細い指が黒のリボンを整えてくれる。礼を言うと、どういたしまして、とふんわり微笑んだ。ブラウスにベストにエプロンという着ている服は同じ筈なのに、こう見るとラクスの方が数倍可愛らしい。キッチンの側ではアスランとキラが何やら真面目な顔で話し込んでいる。二人が着ているのは白いシャツに黒いベスト、それと同じ色のロングギャルソンエプロン。二人が並んで立つ姿は悔しいけれど絵になる。
見惚れていた自分に気が付いて、恥ずかしさにブンブンと首を振っていると、丁度窓の向こうの道から誰かがこちらに向かって歩いているのが見えた。時計を見るともう開店時間がそこまで迫っていた。
「うわ、こんな事してる場合じゃなかった!」


少しするとチリンとベルが鳴って扉が開く。
この日最初のお客様にまずは大きな声でご挨拶。




「いらっしゃいませ!『eternity』へようこそ!」



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