窓の外に広がる空は青く、陽気は上々。外からの陽の光がガラス張りのラウンジに差し込んでくる、麗らかな昼過ぎのとある出来事。
Strawberry sex
ふぁ。
眠たさを凝縮したような大欠伸が、ざわめきに掻き消されてゆく。大きく開けた口元を隠す事もしない豪快な欠伸をしたのは、黙っていれば間違いなく美少女で通る少女。
―日溜り、満腹、疲労感。
この三条件が揃ったら、眠気が襲ってくるのは致し方ない事だ、と思う。
均衡者になる為にアカデミーに通っていた時も、昼食後の授業は眠たくて堪らなかった。実技だとそんな事はないのだけれど、教室の中で教科書の文字を追っているだけだともう駄目だ。
気が付いたらノートの上に自分でも判別できない文字が躍っていた事はざらで、それだけならばまだいいが、いつの間にか目の前に仁王立ちをした教師がいた時などは、お小言と共に大量の課題を出されたりして大変だった。
今はこうしていても課題を追加される事もないし、眠い目をこじ開けて黒板を見る必要はない。それでも、うつらうつらと舟を漕ぎながらも意識を保とうとするのは――……
長い睫毛が小さく震える。
琥珀の目元をこしこしと手の平で擦って、カガリは眩しげに、晴れ渡る空を見上げた。
カガリとの契約にとって人界に縛られたアスランは、カガリと共に黒の均衡者の組織『オーブ』に入団した。パートナーとなった魔族には定期的に講義―オーブの理念から始まり、人界についての知識等を覚えるのだ―を受ける事が義務付けられる。
カガリと共に入団した均衡者達のパートナーの中で、アスランは際立って優秀だという事を、教壇に立った年配の均衡者に聞いた。アスランへの高い評価を聞く度、とても誇らしく思う。だが同時に、それだけではいけないとも強く思う。
アスランの主として恥ずかしくないように、カガリもそれに見合うだけの力を身に付けなければならない。そう思って、昨日の時点では、この時間は訓練室で体を動かしていようと思っていたのだけれど。
(アスランの馬鹿野郎……)
カガリの胸の内など知らず、好き勝手した相手を心中で罵る。同時に、昨夜のあられもない記憶が甦り溢れてきて、体温が一気に上昇した。
アスランが馬鹿なら、拒めなかった―否、拒まなかった―自分はその上を行く相当な馬鹿だろう。そんな事を昼間から考えている自分が何だか無性に恥ずかしくて、意味もなく空のグラスを煽る。
「カガリこそアスランは?別々なんて珍しいじゃない?」
むきになって否定するイザークを想像していると、今度はフレイに尋ねられた。急に出てきたアスランの名に、とんと心臓が跳ねる。
「あ、アスランは講義中なんだ。もうちょっとで終わるから、そしたら下りてくるぞ」
「そ。じゃあそれまでここにいようかしら」
そう言ってテーブルの隅に立ててあるメニュー表に手を伸ばす。パラリと頁を捲って、ふいに灰色の瞳がカガリを見た。
「もう食事は済ませた?」
「ああ。フレイは何か食べるのか?」
「そうね…何か甘いものでも」
細い指が何枚か頁を捲った先には甘い誘惑。
各地に点在するオーブは地域によってメニュー表の内容も若干異なっていて、それはデザートも例外ではない。季節の果実のコンポートから焼き菓子まで揃っているこの食堂は、女性の均衡者達の中では人気が高いらしい。真剣な表情で選んでいるフレイは同世代の少女らと変わりなく、いつもより少し幼くカガリの目に映って、小さく笑った。
「何よ、人の顔見て笑って」
忍び笑いが聞こえてしまったようで、フレイが不審げに顔を上げる。
「いや、フレイは甘いものが好きなんだなと思っただけだ」
「あんたは嫌いなの?」
意外だという顔をされて、ふるりと首を振った。
「私は好きだぞ。でもアスランは苦手みたいだから」
「―……ふぅん」
意味深な間。
寄せられる眼差しが何かを含んでいるようで。
「……何だよ」
「別に。さ、注文してこなくちゃ」
さっさと席を立ってカウンターに向かう後姿を、カガリは訳が分からないまま見送った。
ふぁ。
一人になると忘れていた欠伸が甦ってくる。頬杖をついてぼうっと窓の外を見ていると、程なくしてフレイが戻って来た。
「お待たせ」
手にはこんがり焼けたパイが皿に一切れ。そして二人分のグラス。それらをテーブルの上に置いて、フレイも席へ着く。礼を言い、合わせて居住まいを正すカガリに、美しい魔族は美しく笑んだ。
「眠たそうね」
「ん〜。ちょっとな」
見られていた事に恥ずかしさを覚えつつ、曖昧に言葉を濁す。―眠たい理由など言える訳がない。フレイが持ってきてくれたグラスを手に取り、じわりと上がりかける熱を抑えようとする。フレイの視線に居た堪れなさを感じてしまうのは、きっとカガリに秘めた部分があるからだ。
動揺を見せまいと、小さく喉を鳴らして水を飲む。
「原因はアスラン?」
ぶほっ。
艶のある声が真相を言い当てて、カガリは含んだ水を危うく噴出しかけた。噴出す事は何とか耐えたものの、逆流した水が気管に入って一瞬息が詰まる。ごほごほと涙目になりながら咽るカガリの反応は実に素直で、その分かりやすさにフレイはくすりと笑う。
「ちょっと、大丈夫?」
テーブルに身を乗り出して丸まった背を擦れば、苦しさからか、羞恥心からか、赤く染まった目元のカガリが顔を上げた。
「な……で」
何で?
切れ切れに問う声。
「だって全身からアスランの匂いがプンプンするもの。ここまで濃く染み付く理由なんて一つしか考えられないから」
さらりと断定されて―そしてそれが間違いではないから―先までとは別の意味で息苦しくなる。今否定しようとしても、あれだけ盛大に咽てしまってはもう後の祭り、説得力の欠片もないだろう。
ガクリと項垂れて、試しに自分の服の袖を嗅いでみる。けれどフレイの言う匂いはカガリには分からない。
「人間にはきっと分からないわ。あ、そうだ、ついでに教えてあげる。アスランに食事の方法を教えてあげたのって私なのよ」
「……は?」
楽しげに告げるフレイの言葉に、カガリは間の抜けた声を上げた。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするカガリに、フレイは悪戯が成功したように満足気に笑う。
「本当はね、別にしなくても魔力の受け渡しは出来るの。でもどうせならお互いに気持ちよくが良いんじゃないかと思って、アスランにも教えてみたんだけど…しっかり実践してるんだもの。教えた甲斐があったわ」
うんうんと頷くフレイに、カガリは開いた口が塞がらない。
という事は、過去のあれもこれも、しなくても自分の魔力はしっかりとアスランに渡っていたという事か。否、それよりも問題なのは、目の前で笑う魔族にはアスランと自分が「そういう行為」をしている事がしっかりばっちり知れているという事だ。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
全身から湯気が出そうな様子のカガリに、更に追い討ちが掛かる。
「もうアスランも分かってるとは思うけど、それでもやめないって事は……」
フォークでパイ生地をサク、と切って、一口分を口に運ぶ。頬張って飲み込むと、フォークの先をカガリに向けた。
「相当アスランの好みの味って事ね」
愛されてるじゃない。
否定も肯定も出来ずに俯く金の髪を、宥めるようにフレイが撫でる。
「あら、噂をすれば」
「?」
すと離れていく手の感触に、顔を上げてフレイの視線を追えば、食堂の入り口に目立つ二人組の姿。何やらイザークが喚いていて、アスランは隣で五月蝿そうに顔を顰めている。
注がれる視線の中からカガリを見つけると、翡翠の瞳が甘く緩んだ。
それを直視してしまい、体温は更に上昇する。
「甘ったるい顔しちゃって。やっぱり甘いものは別腹なのね」
同様にアスランを見ていたフレイが前半は呆れるように、後半はからかうように呟いて、オーバーヒートした熱に、カガリはぱたりとテーブルに撃沈した。
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