手渡されたのは真紅の薔薇と白い箱。


                      ordinary and lovable day


薔薇は丁寧に棘が抜かれてラッピングされており、白い箱は周りをぐるりと金色のリボンで巻かれている。
箱の上部に貼られているシールには有名なパティスリーの店名が印字されていた。腕の中のそれらに視線を落とし、次いでそれらを渡してきた男の顔をまじまじと見つめ、カガリは不思議そうに首を捻った。

「アスラン・・・これ何だ?」
「何だって・・・見た通り薔薇とケーキ」

同じように首を傾げたアスランの返答に対し、カガリは返す言葉に詰まる。口にした言葉をその通りに受け取られ解釈されて、カガリは「ああ、違う違う」と言葉を付け加えた。
確かに薔薇はどう見ても薔薇であり、この手の箱の中身は甘いスイーツと相場が決まっている。
それは自分も見れば分かる。が、聞きたいのはそういう事ではない。

「確かに薔薇とケーキだけど、今日は何かの記念日だったか?」

結婚記念日はまだ先。互いの誕生日もクリスマスも違う。ケーキは記念日でなくともよく買ってきてくれるが、それに薔薇の花束という付加が付いているという事は、自分の記憶から抜け落ちてしまっている記念日があるのだろうか。
そうだとしたら申し訳ない事この上ない。
もう夕食は作り終えてしまっていて、献立もお祝い用の内容ではないのだ。
どうしようとカガリが焦っていると、アスランは笑いながら、やんわりとそれを否定した。

「いや?ただ花屋の前を通ったから、ケーキと一緒に買ってみた」

いつもケーキだけじゃつまらないだろう、と言われて、カガリは慌てて首を振った。甘いものを好まないアスランがショーケースの中のケーキを見て自分の為に選んでくれる。それを想像するだけで温かい気持ちになる。

「そっか、ありがとう。私、てっきり忘れてる記念日があったのかと思って」
「強いて言うなら、結婚して二八五日目の記念日、かな?」
「・・・・お前、世間ではそういうのって男よりも女の方が覚えているらしいぞ?」

そんなにさらりとカウントされると、嬉しいとか恥ずかしいとかよりも呆れが先に立つ。

出会った日。初めてのデートの日。
彼氏がそういった類に無関心で、いつも喧嘩の種になると愚痴っていた、赤髪の勝気な友人の弁を思い出す。二人の記念日に、あまりにも関心がないのは女としたら寂しく、物足りないかもしれないが、結婚から今日までをカウントしている男というのはまた極端な話だ。
並外れて記憶力の良いこの男の事だから、これまで二人で過ごしてきた月日の様々な出来事を、逐一覚えている可能性もある。

「世間がどうかは知らないが、カガリとのイベントは俺にとって大切なものばかりだから」
「・・・・恥ずかしい事、真顔で言うなよな」
「事実だから仕方ない」

顔に熱が集まり出すのを見られまいと、花束で顔を隠す。小さく返した憎まれ口は、どうやらアスランには効果がないようだ。

「初めてカガリを抱いた日の事も、昨日の事のようにお」
「うわー!」

逆に大きな爆弾を投下されて、カガリの顔はそれはもう茹蛸のように真っ赤になってしまう。声を張り上げて言葉を遮ったカガリを見て、肩を震わせて笑うアスランにカガリは声を荒げた。

「〜っアスラン!」
「ごめんごめん。もう言わない。そろそろ夕食にしようか」
「ったく。私、これ水切りしてしまうからな!」

返事を待たずにキッチンに戻るカガリの後姿を楽しそうに見送って、アスランもその後に続く。皿の準備でもしようかと棚を開けると、ふとあるボトルが目に入った。

「なあ、カガリ。記念日じゃないけど、久々にワイン開けないか?」

シンクで花束の包み紙を丁寧に取っているカガリの背に声を掛ける。後ろを振り返ったカガリに、まだずしりと重いそれを見せると、彼女は少し考える素振りを見せた後、ちょっとだけならと頷いた。ならばとワイングラスを二つ、テーブルの上にセッティングして、ボトルのコルクを抜く。透明なグラスの上にボトルを傾け、芳しい香りを放つ葡萄酒を注ぎ入れる。
自分より量を少なめにしたカガリのグラスを、テーブルの彼女の定位置に置くと、丁度良くカガリが作業を終えた所だった。
料理を盛り付けたカガリがそれぞれのランチョンマットの上にそれらを並べ、食事の準備が完了する。

「じゃあ、乾杯」
「乾杯」

カチリと音を立て、グラスを触れ合わせる。

濃い色をした液体を口に含めば、酸味と甘み、芳醇な香りが鼻を抜けた。グラスの中で揺れるのはアスランからの贈り物と同系色の赤。じわりと体の内側から熱くなる。
いつもはあまり嗜まないワインを片手に、結婚二八五日目の今日を祝う。こんな夜もあっていいかもしれない。
グラスの淵を指でなぞって小さく笑う。

「カガリ」
「んー?」

もう一口とグラスに口を付けようとして、アスランに名を呼ばれる。手の動きを止めて彼を見ると、柔らかく微笑む瞳に囚われた。
カタンと椅子を引いて、アスランが身を乗り出す。
顔が近い。そう思うより前に、瞼を閉じていた。

唇に熱が触れ、そっと離れてゆく。

閉じていた目を開くと、真正面に笑みを浮かべるアスランの顔。

「二八六日目も、よろしく」


アルコールとは違う熱に、全身を支配される。


何回目か、もう数え切れない彼からの口付けはワインの味がした。



『恋したくなるお題』 より 「記念日じゃなくても」
三月二十五日のインテ用ペーパーの小話でした。


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