白くてふわふわ浮かぶ雲
綿あめ、さくらんぼ、ソフトクリーム


                        fleecy and pretty cloud


「カガリ、あれは何だ?」
「あれはりんごだ!」
「ねえ、カガリ。じゃああっちのは?」
「あっちはおさかな!」


なだらかな傾斜が続いている土手の一角に楽しそうな声が飛び交っている。聞こえる声の内二つは少年のもので、何かを指差しては、彼らがカガリと呼んでいる少女に尋ねている。呼ばれた少女の声は少年らに比べると幾つも幼く、たどたどしくも明朗な口振りは、その場にいる二人の眼差しを優しくさせた。
カガリの左右に座っているのは、柔らかそうな茶色い髪を風の自由にさせている、年の離れた兄キラ。
そして瑞々しい緑を凝縮させたような瞳をカガリに向けている、キラと同い年の幼馴染アスランの二人。
そのキラとアスランの指差す先には青い空に浮かぶ白い雲の群れがあった。


指差す雲の形が何に見えるのか。
それはカガリの中で流行っている連想ゲームみたいなもので、天気の良い日にカガリと散歩に出かける時、よくその相手をせがまれる遊びだ。適当な雲を指差して問えば、はしゃいだ声が返ってくる。
その答えの大部分が食べ物で占められている事に、キラと顔を見合わせて笑いながら、きゃっきゃと声を上げるカガリを見つめた。

大きくなると何の変哲もなく見える雲も、未だ小さなカガリの目には違った風に見えるのだから不思議だ。固定観念とか、そういった枠組みに捉まっていない目から見る世界は、驚きや発見、新鮮さでいっぱいなのだろう。背丈の低いカガリの目線まで頭を下げて、カガリの発想構造がどうなっているか知ろうとするが、想像力に乏しい自分では、流れる雲はどれも同じに見える。
似たり寄ったりの丸い雲を、あれはリンゴ、これは水溜りと当てはめていくカガリのようにはいかない。

アスランの顔が近くに来た事に気を良くしたのか、カガリは小さな手をアスランの首に回してしがみ付いてきた。
コアラのようにしっかりと抱きついて離れないカガリを抱き締め返し、アスランはハニーブロンドの先の空を見上げる。隣でキラが不服そうな、恨めしそうな目でこちらを見ているのに気が付くけれど、気付いていないふりを決め込んだ。
妹が可愛くて仕方ないのはわかるけれど、それはアスランとて同じなのだから。
一人っ子で兄弟のいないアスランにとって、親友の妹であるカガリは自分の妹も同然。
キラは同じ家に住んでいるし、いつでもカガリと触れ合えるのだから、少しは譲ってくれてもいいではないか。常々そう言っているけれども、キラが首を縦に振った事は一度もないのが現状だ。

けれど、それも無理もないかもしれない。
元気が有り余っているカガリに振り回される事はしばしばだが、それでも太陽を封じ込めたような瞳で見上げられて、にっこり笑いかけられたら、振り回されてもいいかと思ってしまう。



「あ。ねえねえ、カガリ。あの雲は何?」

幼児特有の温かさと、ゆったりと流れる雲の動きを楽しんでいると、兄の特権を奪われたキラがカガリの気を引こうと口を開いた。年上二人の密かなカガリ争奪戦に、当のカガリは気付く事無く、アスランの服に埋めていた顔を上げてキラの言う方角を見上げる。
アスランも同じように上を見ると、青空に三つ並んで移動する大小の雲があった。
同じくらいの大きさの二つの雲の後ろに、小さな雲が一つ、追いかけるように浮かんでいる。

「あれはわたしときらとあすらんだ!」
「え」
「僕達?」

カガリの事だから団子とか言うんだろうと思っていたものだから、アスランとキラはカガリの言葉に一瞬目を丸くする。カガリは自分の答えに満足気に頷いて笑った。
「あれとあれはきらたちで、あのちっちゃいのがわたしだぞ」
えへんと胸を張るカガリと額をくっつけて、アスランは目を細める。
「俺達とお揃いなんだな」
「うん!」
本当に嬉しそうに言うものだから、更に笑みを深くしてアスランも頷いた。



そうしていると、それまで緩く草を揺らしていた風が唐突に、思い出したように強く三人の体の横をすり抜けた。突風に浮き上がったカガリの髪を梳いてやっていると、突然カガリが悲しそうな声を上げたので、アスランはどうしたとカガリの顔を覗きこんだ。

「あすらんときらにおいてかれる・・・」

何の事だろうと首を傾げるが、カガリの見ていた先を目で追って、ああと合点が行く。
少し前まで仲良く並んで移動してた三つの雲は、先程の突風の影響か、大きい雲二つと小さい雲の間に距離が生じていた。

「やだ・・・・わたしをおいていくなよ」
雲に自分を重ねて心細くなったのか、カガリは見る間に瞳に涙をもり上がらせてアスランに訴える。零れ落ちる限界寸前の涙に、アスランは困って眉を寄せた。どうにか出来るものならしてやりたいけれど、雲の動きなんてどうする事も出来ない。
それでもカガリの目から涙の粒が落ちないように、安心させるように潤んだ目と視線を合わせて微笑みかけた。

「雲は気まぐれだからな。でも、キラも俺もカガリを置いていったりしないよ」
「ぜったいか?」
それでも未だ不安そうなカガリに力強く頷く。
「ああ、絶対」
「ほんとのほんとだな?」
「俺がカガリに嘘ついた事あったか?」
逆に質問すると、カガリは少し考えてから、ふるふると首を振る。
本当に大丈夫なんだ、と漸く安心したカガリは、途端にアスランに抱き付く甘えん坊に戻った。

「アスランがどっか行っても、僕はカガリを見守り続けるからね」
「・・・・おい、キラ」

お株を取られた腹いせに余計な事を言う親友を軽く睨み、アスランはカガリを包む腕に力を篭める。

見上げた空の青の中で、三つの雲が再び寄り添った。



白くてふわふわ浮かぶ雲
綿あめ、さくらんぼ、ソフトクリーム
そよそよ風に運ばれて、どこかに行ってしまうけれど
わたしときらとあすらんはずっとずっと一緒なんだ


『混色方程式』過去話



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