「カガリ」
「嫌だ」

美しい調度品が置かれた部屋の中央で、相手を威嚇するかの様な表情で立つ少女と、困ったようにその様子を伺う青年の姿がある。青年は一呼吸後、宥めるような口調でもう一度呼びかける。

「カガリ」
「絶対に嫌だ」
「まだ何も言っていないじゃないか・・・・」

繰り返す先に進まない問答にアスランは肩を竦めた。



「大体な、これだって立派な正装だろ。どうしてわざわざそんなヒラヒラ着なきゃならないんだ」

カガリと呼ばれる少女は腕を組み、眉を顰めてアスランを見、ぷいとそっぽを向く。
今、カガリが身に纏っているのは穢れない白い軍服。
それは南海の宝珠と謳われる国、オーブ連合首長国の物。
胸の徽章は彼女がオーブの若き主である事を示している。
対して、カガリが『ヒラヒラ』と一蹴したのは、アスランが持っている、今夜催される夜会用のドレスの事だ。
ブルーの下地にグリーンのオーガンザが掛かっているAラインドレスは美しい湖面を思わせる色合いで、カガリが言う程華美ではなく、アスランの目には彼女の雰囲気に良く合っているように見受けられた。
テーブルに置いてあるネックレスやイヤリングと共に身に付ければきっとカガリを引き立てるだろう。
けれどカガリは自分を女に見せる服装を嫌がる。
侍女やアスランが何も言わなければ軍服を着て出て行こうとする位だ。
カガリの性格を思えばその行動も分からないでもないが、一国を担う者が軍服でパーティーに参加するのはその場にいるお偉方の心象を悪くする結果にしかならない。
ただでさえその若さ故に辛酸を舐める事が多いカガリに、回避できる筈の言葉の刃を浴びせたくはない。
カガリの政治の世界での微妙な立場を考えると、少々彼女が暴れてもドレスを着せた方が彼女の為になる。
カガリが美しく着飾った事で自分が受ける、焼け付くような不快感は甘受するしかないのだ。



視界の隅でアスランが溜息を付いたのが分かった。
呆れられたと思うと、顔を上げて素直にドレスを受け取ろうとする自分がいる。
しかしその一方で、意地を張る自分がそれを押し止める。
プライベートはどうあれ、公的な立場では私が主だ。一介の護衛の言う事など切って捨てればいいではないか。
けれども、思ってもいない事をそうだと思い込もうとすればする程、アスランの静かな視線を感じてしまい何とも居心地が悪くなる。己を固める代表としての姿に綻びが生じて、駄々っ子みたいな自分が顔を覗かせてしまう。
居た堪れなくなって、きつく唇を噛み締める。

アスランは音も無く距離を詰めると、そっとカガリの名を呼んだ。



「本当はカガリのドレス姿は誰にも見せたくないんだ。だけどそういう訳にはいかないだろう?
人の粗探しが趣味みたいな連中にお前の事を悪く言われたくない」

言葉の端々からアスランの気遣いを感じ取ると、カガリもこれ以上意地を張れなくなる。
アスランの言葉に無言で頷いてカガリは奥の部屋へ入った。





どれくらい経ったろうか。
壁に背を預けて待っていると、閉ざされていた扉が開いて、装いを新たにしたカガリが姿を現した。

「着替えたぞ」

未だ完全には機嫌を直してくれない主に心からの賛辞を贈る。

「思ったとおりだ、良く似合う。そこに座ってくれ。髪を結うから」
「お前がか?」

カガリは照れくささと驚きが混じった顔で目を瞬かせる。

「嫌?」
「そうじゃあないけど・・・・」
「じゃあおいで」

こっちに来いと手招きすると、躊躇いを含ませながらもおずおずと近寄ってくる。
ドレスが皺にならないように鏡の前の椅子に腰掛けたカガリの後ろに立ち、真っ直ぐな金髪を櫛で丁寧に梳かすと次第にそれは艶を帯び、アスランの手からさらりと落ちた。一通り櫛を入れると器用に一つに纏める。
アスランの手が動きを止めると、鏡の中には一人の美しい淑女が現れた。
思ったとおり、アスランの用意したドレスはカガリのハニーブロンドに合っており、高い場所で纏めた髪型はカガリに女性としての魅力も薫らせているようだ。

その薫りはこれからきっと自分以外の男をも虜にする甘い毒。
彼女自身は無自覚に辺りに振り撒き、止める術など知るはずもない。
引き寄せられる男はその薫りの持ち主を自分の物にしたくて堪らなくなる。
自分が一番それを切望しているからよく分かる。周囲がどんな目でカガリを見つめているか。
分かってしまって、けれど今の自分の立場では誰にもカガリを見せないように閉じ込める事も、カガリを見る男の目を塞ぐ事もできない。


「アスラン?」

カガリの声で顔を上げると、鏡には怪訝そうにこちらを見ているカガリの顔。
そこで漸く自分が物思いに耽っていたことに気がついた。
堕ちる思考を止めて、仕上げに手に持った宝石でカガリを彩る。
ドレスと同色の宝石はカボションカットが施され、滑らかな曲線が生み出す輝きがアスランの目に眩しく映った。


「おい、アスラン」

ネックレスの留め金を掛けようとした時、アスランは唐突にカガリに呼ばれた。

「なんだ?」
「私はな、こういうのを着て笑顔を作るのが何より嫌いなんだ」
「知っているよ」

だからさっきまであれだけ渋ったのだろう?

「自分が許した人間以外には触れられたくない。それがどれだけ偉い奴でもだ」
「ああ」
「だから、お前は今夜そういう輩を私に近づけさせるな」

お前以外の男に触られるのは嫌なんだからな!と、自分の言った事に照れたのか早口で捲くし立てた。
尊大とも言える様な『主』の態度に、顔を綻ばせてアスランは頷く。
嬉しい事を言ってくれるものだ。
他の人間には許されない事が自分だけに許されているという事実がアスランを熱くする。
胸に暖かい灯が燈る。
赤く染まった首元にネックレスを掛け、そのままそこに口付けた。
決して違えないと誓いを込めて。




「仰せのままに、我が主」




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