初めて見た空はどこまでも青く広がり
初めて触れた海は底が見えないくらい深く
初めて感じた日の光は眩むほどに眩しかった

     
                          



砂を巻き上げて機体をゆっくりと降下させる。
ヘリのエンジンを止めて砂浜に降り立った。
「ここは全く変わらないな」
ぽつりと呟いた言葉を聞く者は誰もいない。
吐き出した言葉は潮風に溶けて消えていくだけだ。
寄せては反す波の音
色の濃い緑の木々
頭上を照らす太陽の熱

あの時とちっとも変わらない。
時間が流れようと人が変わろうとこの自然は変わることがない。
その事に安堵と微かな寂しさを覚えた。

時代は動く。
共に戦い笑いあった少女は国を支える座に就く。
それに伴いアスラン・ザラという人間は数日の後、新しい名を持つ事になる。
いつまでも同じではいられない。

砂に足を取られないように歩を進める。
目的の場所をひたすら目指す。
今の自分を形作る始まりの場所へ。
その場所で思い出すのはゆらゆら揺らめく炎とその向こうの一人の少女の姿。
そこで初めて「敵」の声を聞いた。
敵の守りたいもの、戦う理由を知った。
それは己の理由と何ら変わらない。
地上で最初に出会ったのはカガリだった。

「ここもあの時のままか」
大した声の大きさではないがやけに耳に響くのはここが洞窟だからか。
外界とは違うひんやりとした空気が体を包む。
太陽が照る所から急に薄暗い所に入った所為か一瞬体が傾いだ。
その衝動に抗わず、冷たい地面に腰を下ろす。
一つ息を吐いて洞窟の壁に身を預けた。
こうしているとあの時のようだ
目の前にはあの時と違って焚火もなければカガリもいない。
けれども今でも鮮やかに蘇る。カガリの言葉も表情も。
怒ったり泣きそうになったり笑ったりと、とにかく表情が変わる。
予期できない表情の変化はまるでこの地球のようだと思った。
そうして気がつけば、人付き合いが苦手な自分の深い部分にすんなりと入ってきた。
驚くほど沢山の言葉を引き出した。

それは出逢ってからずっと変わらない。
カガリの一言一言に一喜一憂して、昔では考えられない程饒舌になる。
立場が変わっても名前が変わっても、この気持ちはきっと変わらないだろう。
酸素を摂り込む様に彼女を欲するこの気持ちも。
貪欲な程に渇望する想いも。


取り留めなく思いを巡らしていた思考を中断させたのは一機のヘリの音だった。
無人島を訪れるなんて誰だろう
そう思いながらもある種の予感めいたものに動かされ音のした方へ歩く。
前方の小型ヘリから、見知った少女が出てくるのが見えた。

「カガリ!!」

日の光を吸収して眩く煌く視線に囚われる。
声に振り返ったカガリは、怒ったような安心したような顔で走ってきた。

「お前、どうしたんだ?」
「なかなか帰ってこないから迎えに来た」
またハツカネズミか?と見上げてくる目は彼女らしい気遣いに満ちていて。
思わず抱きしめたくなったが、カガリのヘリからキサカが顔を出したのが見えたので何とか堪えた。
カガリの事をウズミから託されたお目付け役に睨まれたら、ようやく彼に許しを得た護衛の任も一瞬で泡と化してしまう。
だから抱きしめる代わりに言葉を紡いだ。
「始まりの場所でこれからの事考えてた」
「始まりの場所?」
「ここは初めて地球に降りて自分の足で歩いた場所だからな」
「そっか」
「それにカガリと出逢った場所でもあるし」

だからここが本当の意味での俺の始まりの場所だと思える。

「これからの事・・・・・どうするか決めたのか?」
問う言葉には不安と期待と罪悪感の音。
浮かべているのは名を棄てカガリのボディガードになると告げた時の様な泣きそうな表情。
カガリが悲しむ必要はないというのに。
名前を棄てることでカガリを護る事が出来るというならそれでもいい。
逃げるな、と言ってくれた彼女を全身全霊で護りたい。
だから
「やっぱり俺はボディガードになるよ」
告げるとカガリのくしゃりと顔が歪んだ。 
「・・・・お前は馬鹿だ」
「そうだな」
「でもそんな馬鹿が好きな私はもっと馬鹿だ」
涙をぽろぽろ流しながら抱きついてくる。
普段は照れて絶対にしないであろう彼女からの抱擁に驚きと喜びが同時に沸き起こった。

「これから忙しくなるぞ」
「覚悟はしているよ」
「今日帰ったら色々手続きしなきゃな」
そうだな、と頷いて二人笑った。

その後、自分と同じヘリで帰ると言うカガリを助手席に乗せて二機の機体は夕闇が近づく空へと飛び立つ。
操縦桿を握る横ではカガリが刻々と色を変える空に目を奪われている。
子供のように目をきらきらさせて窓の外を見ている姿に笑みが零れた。



地上で初めて見た空は遥か彼方まで続き、海は感動と微かな畏れを与えた。
果てなく広がる青と、底の見えない青に胸が震えたのを覚えている。
そして何よりも太陽のようなカガリの存在が胸に焼き付いた。
―――俺は胸に焼き付くその存在を護るための盾で在ろう―――
心の中で固く近い、近くカガリが統べるであろう国へと進路を取った。




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