姫とお茶を




プラントの歌姫の搭乗している戦艦『エターナル』
その船内を怒りに任せてひたすら進む少女が一人。
肩を怒らせて進む少女の名はカガリ=ユラ=アスハ。



太平洋の島国、オーブ首長の娘である、れっきとした「お姫様」だ。
彼女は祖国崩壊の折、アークエンジェルと共に宇宙に上がった『クサナギ』を指揮する立場にもいる。



移動用のベルトに掴って目的地も無く移動していたカガリは、気が付くと全く来たことがない場所に立っていた。
住居空間であろうこの場所には自分以外の姿は見受けられず、どこをどう移動すればいいのか分からないカガリは
一人途方に暮れるしかない。



「…エターナルで迷子なんて馬鹿みたいじゃないか」


それもこれもみんなアスランが悪いんだ。あいつが私を子供扱いするから!

さっき別れた時のアスランとの会話を思い出し、また猛烈に腹が立ってきた。


宇宙で合流してからのアークエンジェル、エターナル、クサナギの三隻は定期的に物資の移動を行っている。
よくその作業を手伝っていたカガリは、その日もいつものように小型輸送艦に乗り込みエターナルに向かった。
その際にジャスティスを整備していたアスランと出くわし、ついつい話し込んでしまったカガリは
後で一人で戻るから、と渋る船員を先にクサナギに帰らせた。



そしていざクサナギに戻ろうとすると、アスランがクサナギまで送り届けると言い出したのだが。


自分一人で帰れる、と言うカガリと、送ると言うアスラン。
カガリは照れから、アスランはカガリの身が心配だという理由から、両者一歩も譲らない。


あくまでも一人で帰れると主張するカガリに、「カガリ一人じゃ心配だから」と同行を申し出たアスランであったが
それが逆に起爆剤となった。自分の技術にけちを付けられた思ったカガリは


「私は操縦くらいちゃんと出来る!!子供扱いすんな!!



とアスランを怒鳴りつけ……
後はアスランが呼び止めるのも聞かず、がむしゃらに船内を歩き回った。
その結果がこれだ。



「とりあえず、誰か見つけて帰り方を聞かないと」




笑われるかもしれないがそれはそれで仕方ないと、気を取り直して歩を進める。

一般クルー達の住居空間を進んでいくと、仕官達の住居空間に辿り着いた。

静まり返った廊下を進んでいく。


が、突き当りの角を曲がった所で、いきなり現れた物体と正面衝突してしまった。
かなりの衝撃を受け、一瞬目の前が真っ白になる。
額の痛みに涙目になりながらも、謝ろうと相手に目をやると



『てやんで〜!』



ぶつかった相手はラクスの周りをいつも跳ね回っているペットロボット。
持ち主のラクスはどうしたのだろうと辺りを見回していると、一番近い部屋の扉が軽い空気音と共に開く。






「あらあら、ピンクちゃん。いけませんよ、勝手にお部屋から出て行っては」






部屋から出てきたのは良く見知った顔だった。





「ハロハロ〜ラクス〜」


今ラクスが着ているのはいつもの指揮官服ではなく、淡いピンクのワンピース。
ブリッジに居る時は結っている髪も、いまはゆったりと背に流している。





「どうしたんですの?」
「?何がだ?」
「ほっぺが膨らんでいますわ。何かありましたか?」



…するどい




図星を指されて言葉に詰まる。
柔らかい外見と物腰を持つラクスだが、冷静に物事を見る事に秀で、人の感情の変化は見逃さない。
しかし元とはいえアスランの婚約者であったラクスに愚痴を言うのもどうかと思案していると
ほっそりとした手が伸びてきた。




「こんな場所ではなんですから私のお部屋に行きませんか?」 



え、と目をぱちくりさせるが、そのままラクスに招かれるまま部屋へと入った。





自分のいる部屋とさほど変わらないはずなのに、ラクスの部屋はどこか優しい香りがする。
座っていてくださいと言われたので、身近にあった椅子に腰掛けてお茶の準備を始めたラクスを何の気なしに見つめた。

ティーポットに葉を入れてお湯を注ぐ。蒸らしたポットの紅茶をティーカップに注ぎ入れる。
そんな何でも無い動作が流れるように優雅で、絵のように美しい。

妖精の様な容貌はさることながら、自分には絶対的に欠けている『可憐さ』『女の子らしさ』を持つ彼女に
思わず溜息が零れた。



「召し上がりませんか?」
「ぅえ?」



気が付けばラクスが目の前に立っていて、その後ろではテーブルに二人分の紅茶が置かれていた。
慌てて、いただきますとカップに口を付ける。



「…美味しい」




そう呟くとラクスは嬉しそうに微笑んだ。
ラクスが淹れてくれた紅茶は全く渋みがなく、ふわりと良い香りがする。
飲んでいるとトゲトゲしていた気持ちが少しずつ解れていくような、そんな気がした。


「先ほどは怒っていたみたいですが、何かありました?…アスランと」



ぶほっ!!




落ち着いてきた時にいきなり核心を突かれて、危うく飲んでいたお茶を溢しかけた。
軽く咳き込みながらラクスを見ると、どこか楽しそうにこちらを見ている。

見透かされてる、のか?
やはりアスランのことをラクスに言うのは憚られるが、当のラクスが笑顔で先を促すのでぽつりぽつりと話し出した.。

「アスランってさ、いっつも私を子供扱いするんだ。何かしようとしても『お前には危ない』とか『一人で大丈夫か』とかばっかり言って!!
さっきだって一人で帰れるって言ってんのに。腹が立つったら!!」



心にしまっていた苛々は一度話し出したらもう止まらない。



「まあ」

「他にもたっくさんあるんだぞ!こっちは真剣に怒ってるのにいきなり笑い出すし!あいつ絶対に笑い上戸だな!!
それから人が話してるのに寝ようとすることもあるし!!」

「初めて聞くことばかりですわ」



え?



ラクスの言葉にこちらが驚いてしまう。



白紙になったとはいえ、婚約者であった二人だ。
アスランがラクスに手作りのハロを贈ったりして彼女を大切にしていたのはなんとなく分かっていた。
そのラクスが初耳とはどういうことだろう。


「お茶をご一緒したり、ハロを贈って頂いたりはありましたけど、私の事を『お前』なんて言われたり
眠ったりされることは一度もありませんでした。余程アスランにとってカガリさんは安らげる人なんでしょうね」

微笑みながら言われた言葉に、不覚にも顔が赤くなるのが自分でも分かった。


「ち、ちがうぞ!私はただ女扱いされてないだけだ」

自分で言っていて何故だか無性に悲しい気持ちになるけれども

「アスランがカガリさんに色々言ってしまうのはそれほどカガリさんのことを大切に想っているからだと思いますわ。
人は自分が大切に想っている人の出来るだけ近くに居たいと願うものですから…。

それに今はザフトにも地球軍にも目立った動きは見られませんが、いつ襲撃があるか全く予測できません。
アスランはそんな中でカガリさんを危ない目に合わせたくなかったのではないでしょうか」

「そう…なのかな」

「アスランとカガリさんを見てるとそう思えます。カガリさんはアスランを信じていないのですか?」



そんなことない。




ほんとはアスランが私を本気で心配してくれてたこと知ってた。
ただ恥ずかしくて。アスランの気持ちがくすぐったくて。
送ると言ってくれたあいつの言葉ををつっぱねてしまった。

その気持ちを認めた瞬間、すぐにでもアスランに会いたくなった。
一人で怒って怒鳴りつけてしまった事をちゃんと謝りたい。


「ごめん、ラクス。私、大切な用事思い出した!」

「そうですか、頑張ってくださいね」

いきなりな私の言葉にも、そう言って笑顔で送り出してくれるラクスの存在がとても嬉しい。

「お茶美味しかったぞ!また今度ゆっくり飲もうな!!」

「はい、是非アスランと一緒に来てください。お待ちしていますわ」

「ああ、必ず!」



勢い良く部屋を飛び出した。これからしたいことは決まっている。
まずアスランを見つけるんだ。
それから『ありがとう』の気持ちを伝えよう。

女は度胸。

恥ずかしいけど、ちゃんと向き合って気持ちを伝えなくちゃ。




その後にお茶に誘おう。キラも誘って4人でいろんな事を話そう。




――――歌姫がくれた一杯の紅茶と優しい言葉が踏み出す勇気をくれたから―――

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