天国や地獄が、あるとは信じていないけれど


                               



その墓はひっそりと立てられていた。

広い墓地の一角に、一人佇む男が居た。
喪を示す黒のスーツとその手に持った純白の花が、青空の下で墓石を見つめる男の姿を一層際立たせている。
時折上空を飛ぶ鳥の声が聞こえるくらいで周囲に人影はなかったが、もし男の姿を目にする者がいたならば、おそらく驚きに瞠目しただろう。もしくは不思議そうに首を傾げたかもしれない。
この国で、否今や全世界においてあまりに名も顔も知れたその男は、今一番メディアを沸かせている存在で、大よそこの場に似つかわしくなかったからだ。
数日後には女神の祝福を受ける男が何故こんな場所に一人いるのか。
その心を知る者は誰もいない。
墓石に刻まれている名は彼の肉親でも、妻になる者の肉親のそれでもない。
濃紺の髪に隠されて表情は伺い難いが、一点を見つめる瞳の奥に哀悼の情を見つける事は出来ない。
それでも男は黙したまま、その場に佇んでいる。

翡翠の瞳が見つめる先、そこにはユウナ・ロマ・セイランの名が彫られていた。




初めて訪れた彼の男の墓は、意外にもきちんと手入れがなされていた。
セイランの屋敷の者がしているのか、それとも弔いの意を込めてこの場所を訪れる人間がいるのか。
大きな力に巻かれ、思慮に欠けた行動と発言で、多くの人間を、国を危険に晒した、この男に。
温度のない視線をつと下に落とす。
質素、簡素―そんな言葉とは縁遠かった男がこの下に眠っているとは思えない程、何もない白く四角い墓石の上は味気ないものだ。そんな事を思いながら膝を折り、ここに来るまでの道すがらで購入した花一輪、冷たい石の上に横たえる。
見下し続けた男から贈られた花。ユウナ・ロマはどう思うだろう。
そして、見下し続けた男が自分が渇望していたものをもうすぐ手に入れると知ったら。
嘆くのか、怒り狂うのか。
どちらにせよ、その表情が見れないのが残念だ、と捩れた思いを抱く自分が確かに居た。


一人の女を求めて欲して、ようやく手に入れて、それに付随したもの。
自分には価値を見出せない、地位や名誉といった類。それこそを求めた男。
求めて、結果カガリを奪おうとした男。
この男にとって大切なのが彼女の地位だったとしても、紛れもないその事実が心に暗い炎を燃え上がらせる。
しかし、どれだけユウナ・ロマを腹立たしく思っても、彼がもうこの世にいない人間である以上殴る事も叶わない。
ならば、せめて。死んだ後の世界があるなどと信じている訳ではないけれど。
蔑んでいた者に欲しかった全てを掻っ攫われるのを、どこかから指を銜えて見ていればいい。
せめてそう言ってやりたかった。

心優しいカガリは、この歪んだ気持ちを知ったら悲しむだろうか。
けれどもしそうであっても、もう離せないし離さないと決めたのだ。
悲しむ彼女が流す涙の一滴ですら自分のもの。
ここに来たのは自分なりのけじめだった。カガリとの新しい一歩を踏み出す為の。
ハウメアの前で永久を誓う前に、澱んだ感情を吐き出してしまいたかった。


すくと立ち上がると腕時計で時間を確認する。
もうあまり時間がない事を確認すると、踵を返すと墓に背を向けて歩き出した。
数歩歩いて、ふと後ろを振り返る。
―きっともう自分の意思でこの場所を訪れる事はないだろう。
最後に墓を一瞥し、止めていた歩みを再開させた。




誰も居なくなった墓地に一陣の風が吹いた。
その風はある墓石に捧げられた花を高く舞い上げて、何処かへと連れ去ってゆく。


風が穏やかになった後には、何もなかったように白い墓石がひっそりと佇むだけだった。




エイプリル・フールにユウアスと嘘注意書きをしてお届けした作品です

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