私の祖父母は激動の時代を駆け抜け、新しい時を切り開いたのだと人は言った。
実際、学校で使われる教材には祖父母の名は必ず登場した。
その功績を讃える書物も無数に存在した。
そこからは私の知らなかった祖父母の一面を垣間見ることが出来た。
例えば馴れ初め。
彼らの出会いは物語のようにロマンティックでわくわくするものだった。
『これって本当?』
好奇心に目を輝かせて問うた私に彼らは顔を見合わせて照れた様に笑ったのを覚えている。


                     
父母


雨垂れの音が静まり返った部屋に響いている。
そっと窓に手を当てるとひんやりと冷たい感触が皮膚を伝って全身に広がる。
温かさを求めるように握った祖母の手は、私の手に残る僅かな温もりを奪う程に冷たい。
記憶の中の祖母の温もりとかけ離れた体温にぽたりと一粒涙が零れた。

年の割に皺が少なくて、背筋を伸ばして歩いていた祖母。
母に叱られた時、私の髪をぐしゃぐしゃに撫でてくれた手。
私にも受け継がれた、陽だまりのようなあったかい瞳の色。

全てが浮んでは消えてゆく。


ああ、まだ。行かないで。ここにいて。大丈夫だって笑って頭を撫でて。
祈るように手を合わせるけど祈りの言葉は出てこない。
嗚咽しか出てこない。



祖母は夢と現を彷徨って、時々口を小さく動かした。誰かの名を呼んでいる。
耳を近付けた私が聞いたのは、たった一言。
『アスラン』。それは祖母の最愛の人の名だった。


祖父はロッキングチェアーに座って本を読むのが好きな人だった。
口数は多い方ではなかったと思う。
でも、絵本を読んでとねだると、私を膝の上に乗せてとつとつと読み聞かせてくれた。
静かな声と背中に感じる鼓動のリズムが好きだった。

きっと祖母は今、祖父との思い出の中にいるのだろう。
祖母の顔は不思議と穏やかだった。


ねえ、おばあちゃん。そこにおじいちゃんはいる?
ちゃんとおばあちゃんを待っててくれた?
毎日を精一杯戦い抜いたおばあちゃんを抱きしめてくれた?



その時ぴくりと祖母の瞼が動いてゆるゆると持ち上げられた。
一点を見つめた祖母の目から涙が溢れて零れる。
戦慄く唇が何かを呟き、震える両腕を天井に向かって伸ばした。
伸ばした手に嵌められている指輪が明かりを反射して輝く。



窓の向こうで降り続いていた雨がふと止んだ。



雨上がりの眩しい光の中で、私は祖父と祖母の恋物語が永遠になった事を知った。




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