目尻の横を雫が伝い顎の線に沿って下に落ちるのも構わずに、大きな音を立てて部屋に自室へと飛び込んだカガリは、備え付けの通信画面に映る友人の姿をその目に入れると弾む息と心を押さえながら口を開いた。吐き出した音はカガリが想像していた程凪いではおらず、『ラクス』と発したその音は不恰好に掠れていて、ゆっくりとした動作でカガリを見つめたその少女の美しさとはアンマッチな響きだった。
カガリの声が音の波となってラクスに届くと、彼女はやや下向きだった顔をカガリに向けた。澄んだ瞳を縁取る長い睫が震える。そうしてカガリの姿を捉えるとふんわりと微笑む。その笑顔を正面から向けられたカガリの胸は、まるで恋を知ったばかりの少年のように大きく弾んだ。
ラクスが笑っただけで世界が陽だまりの様に暖かく、花が綻ぶ様に美しく見えるのだから不思議だ。
カガリは赤らむ頬を隠そうと、耳にかけていた今だ水分を含む金髪を下ろした。
下ろした髪の一房の、その先からぽたりと落ちた水滴は、火照る頬を滑って小さな音を立てて机の上に落ちて弾けた。木目に染み込んでゆく様子を目で追ったカガリは握った拳でそれを拭い去った。


「カガリさん、まだ髪がきちんと乾いていませんわ。急がせてしまって申し訳ありません」
「後でちゃんと乾かすから大丈夫だ。それよりも早くラクスと話がしたかったんだ」
「お顔はこんなに近くで拝見できるのに、この手が触れられないのは残念ですわ。出来るならすぐにそちらに伺って乾かして差し上げたいのに」
「本当にちゃんと乾かすから平気だぞ?それにもうすぐ会えるじゃないか」

その言葉にモニター越しの彼女の表情が嬉しそうに綻んだ事に安堵の息を漏らした。


「確かこっちに昼前に着く便に搭乗するんだよな?」
「はい、そちらの時刻で十一時半頃には到着します」
「じゃあ、皆が集まってから昼飯にしよう。天気予報は晴れって言ってたから、弁当持って外で食べるってのはどうかな。バスケット一杯に料理詰めて、芝生の上に座ってさ」
「まぁ、良い案ですわ。では食後のデザートに焼き菓子を作って持って行きますわね」


弾む声は楽しみだった予定を更に楽しみなものにする。
全員揃ったら先ずは腹ごしらえだ。食べ物の好みもまちまちだからバスケットにはそれぞれの好物を入れて。
食べ終わったら芝生の上に皆で寝転がって他愛のない話で盛り上がろう。
そんな格好をするなと五月蝿い奴が若干二人いるが、結局ちゃんと付き合ってくれることを知っている。
私達を取り巻くのは見上げる空の雲の流れ、風に揺れる木々のざわめきと、寝そべった時に薫る濃い緑。
それからラクス特製の焼き菓子の甘い香り。
その中心で笑う自分達の姿を思い描く。
親しい人達の楽しそうな声を想像するだけで、わくわくして飛び跳ねたくなってしまう。
飾らずに、気どらずに、真っ直ぐな言葉で付き合える人間がいるという事がこんなにも嬉しい。
何をしようか、何を話そうか。
ああ、休みが楽しみで仕方がない。


駆ける思いは、ある幼い頃の楽しかった思い出を呼び覚ました。


「そういえば、小さい頃に庭師に作ってもらった隠れ家があるんだ。木の上にって頼み込んでさ、マーナに怒られそうになるとそこによく逃げ込んでた。それがまだちゃんと残ってるんだ。部屋の中も綺麗にしてあってさ」

大切な宝石箱をそっと開く子供のように、瞳をきらきらと輝かせてカガリが身を乗り出した。
箱の中で輝くのは鮮やかで愛おしい思い出の欠片だろうか。

「皆にも見せたいな。・・・・あ、でも全員で昇るのは無理そうだなぁ。部屋に入った瞬間底が抜けそうだ」
「では、またの機会にお邪魔してもよろしいですか?二人でカガリさんの隠れ家でお話しましょう。昔のカガリさんのお話、私聞きたいですわ」
「ええ?多分今と大差ないと思うぞ?・・・・・・まぁ、昔の方がちょっと無茶をしていた自覚はあるけど、な」

過去の数々の暴挙が浮んでは消える自分の幼年期を思い出して、どうにも居た堪れなくなって視線を周囲に彷徨わせる。
と、目を逸らした先からラクスの忍び笑いが聞こえてきて、益々カガリは恥ずかしくなった。

「楽しいお話が聞けそうですね。カガリさんの武勇伝を沢山聞かせてください」

ね?と首を傾けるとローズピンクの髪がさらりと肩から落ちた。
優しい歌を歌うように発せられた言葉は、相手に否と言う気持ちを失わせる魔力を秘めているようだ。
うー、あーと唸っていたカガリだったが、にこにこと笑うラクスに観念したかのように一つ息を吐いた。

「うー、じゃあラクスの昔の事も聞かせろよ?ま、私と違って木登りしてドレス破いた事なんてないだろうけどさ」

ラクスなら柔らかなシフォンを裾を優雅に翻して周囲の目を奪っただろう。揺れるレースは薄い羽のようにはためいて、まるで御伽噺から抜け出た妖精のようだったに違いない。武勇伝と言う名の暴挙を数え切れない程残した自分とは正反対だ。
けれども。

「分かりました。約束です。楽しみにしてますわ」

そう言ってラクスが悪戯の共犯者のように楽しそうに笑うから、結局自ら口を割る事になるんだ。




「あらあら、もうこんな時間なのですね。楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまって残念ですわ」
「あ、本当だ。長々と話してごめんな」
「いいえ、私こそお話できて嬉しかったです。カガリさん、しっかり髪の毛を乾かしてくださいね。もしもカガリさんが風邪をひいてしまわれたら、私アスランに怒られてしまいますわ」
「ア、アスランは関係ないだろ!じゃあまたな、ラクス。お休み」
「お休みなさい、カガリさん。良い夢を」



―ではまた週末に



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