で、何に乾杯するんだ


       お前の過去の健闘と俺の未来に!


                               



手の中のクリスタルグラスを燈にかざした。
落とされた照明の光の、柔らかなセピアに包まれたグラスは、美しい輝きを放っている。
琥珀色の海面にたゆたう景色は、非日常的なシチュエーションを擬似体験させてくれる。
その水面によく知る瞳の色を見つけると、まだアルコールを摂っていないはずの体が熱く火照ってくるよう。
酒が呈する『色』の演出効果は侮れないと思う。
愛し人の瞳の色を溶かし込んだような液体を見つめ、香りを嗅いで一口口に含む。
熟成されたモルトの風味豊かな味が口いっぱいに広がった。

傾ける度に違う輝きを放つグラスを弄んで、もう一口飲む。
グラスから零れた水滴がガラス細工のように輝いてテーブルにぱたりと落ちる。
出来た水溜りをさして気にする事無く、その上にグラスを置いた。

「そんなに落ち込んでも仕方がないだろう」

呆れたような声は隣に座った男へ掛けたもの。
格段酒が好きという訳ではないが、隣で何度も溜息を吐かれていると、折角の香りの良いウィスキーの味が落ちてしまう
ようで気になってならない。


「仕方がないと言うがな、会おうとする度断られるのってきついんだぜ」


トワイス・アップしたウィスキーを呷ってディアッカが唸る。
空けたグラスの縁を舐めてテーブルの隅へと除けると、新たに注文をしてグラスを受け取った。


「それはお前が事前連絡をきちんと入れておかないからだろう?彼女だって忙しいんだ。突然誘われても困るさ」


ディアッカが手に持って揺らしたグラスの中で氷が小さく音を立てた。
微かなピアノの旋律の中でそれは存外大きく響く。
分かってる、と不貞腐れた声もよく聞こえた。

セピアのフィルターの向こう、項垂れたディアッカが恨めしそうな表情でこちらを見て。

「昔なら、クサイ台詞をポンポン吐いて口説けたかもしれない。けどそんなうわべだけの言葉で振り向くような女じゃねぇ
んだよな、あいつは。現状は・・・正直厳しいが、そういう上等な女に会えた俺は運が良いんじゃないかと思う」


少し酒を飲んではぽつりと話す男を横目で見る。
軍という組織の中で生活をしていたにも関わらず、共に食事をする事さえ殆どなかった自分達が、時を経て、こうして共
に酒を飲むようになると誰が想像しただろう。
ましてや、女性の扱いに長けていると自負していた男から、片思いの愚痴を聞かされる事になろうとは思わなかった。
けれど不思議と不快ではない。
ガラでもない、と頭を掻く金髪の男の姿が何だか身近に感じられた。




「変わったな」
「まぁな。お前は余裕面出来て羨ましいこった」
「五月蝿い。俺だって今まで散々厄介で手強い連中を相手取ったんだ」
「ああ・・・・それは・・・大変そうだ」
「大変なんて次元じゃなかったぞ、あれは」


二人共一瞬黙り込んで、互いの顔を見合わせると同時に噴出した。
酒が手伝ってだろうか、アスランも常より笑った。


「あー、笑った。そうだよな、身近にこんなに苦労した奴がいるんだ。俺もまだまだ頑張れるよな」
「いや、俺を例にとって安心されても・・・・」
「よし、飲むぞ、アスラン。乾杯だ!」
「全然聞いていないな、お前・・・・・。で、何に乾杯するんだ」
「お前の過去の健闘と俺の未来に!」


(何で俺がお前の未来に乾杯しなければならないんだ)
内心毒づくが、今それを言っても無駄である事は明白なので、毀れそうになった言葉は飲み込んでおく事にした。




乾杯という言葉が重なって、グラスを合わせる音が暖色の光の中に溶けた。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送