長い廊下の先、屋敷の中でも日当たりの良い場所にオーブ代表首長の執務室は位置している。
広々とした部屋では若きオーブの獅子が日々の執務を行なっている。
その執務室までの通路を端正な面立ちの青年が歩く。
艶のある濃藍の髪と翠緑の瞳が印象的な青年。

代表首長となったカガリ=ユラ=アスハの護衛の任に就いたアスラン=ザラ、その人であった。


                    欠乏症


廊下に響いていた足音が止んだ。
重厚な造りの扉の前まで進んだアスランは数度扉を叩いて姿勢を正す。
しかし今日は、常ならば中からすぐに聞こえる声が聞こえない。

再度ノックするがやはり返事はなかった。

「代表・・・アスハ代表?」

答えのない事を訝しく思いながらも扉の取っ手に手を掛けた。



室内を見渡し、ある一点を見つめて漸く顔の強張りを解く。

午後の暖かな光の中、部屋に置かれたソファに彼女はいた。
姿を見止めると一度息を吐き、手に持っていた未決済の書類の束を傍のカガリの机の上に置く。
ソファに近づくとカガリの前で腰を落とし、穏やかな寝息を零している零しているカガリの顔を覗き込んだ。
暫く見つめるが、薄く開いた唇からは規則正しい寝息が聞こえるだけで、閉じた瞼が上がる事はない。
睫に掛かる前髪を除けると、あどけない寝顔が露わになった。

よく寝ているな・・・・

きっと連日のレセプションや閣議で疲労が溜まっていたのだろう。
柔らかな肌に不似合いな目の下の隈がそれを物語っている。
いくら周囲が気を配っていてもカガリの心身への負担は余りに大きい。
多忙な公務の間、ほんの少しでもカガリが穏やかな眠りに包まれて休めるのなら、今はこのままでいさせて
やりたいと思う。
それに、これまで誰にも邪魔されずにこうして二人きりの時間を取れる事などほとんどなかったアスランとして
は、自分自身が暫しこうしていたいというのが本音。
共に行動する時間は多々あれど、恋人として触れ合える時間が二人には少な過ぎた。

ふっくらとした唇に指を這わせて彼女の呼吸を感じる。


最後にこの柔らかさに触れたのはいつだったろうか

ここから紡がれる数々の言葉達。
堕ちてしまいそうになる気持ちを叱咤し、励ましてくれる彼女の言葉にどれだけ救われたか分からない。

「生きるほうが戦いだ」

手放しかけた生を繋ぎ止めてくれたあの一言。
今の自分にとってカガリこそが生きる意味。
だからいつも側で彼女を護る事が可能である護衛という立場を選んだ。
その任に就く為に名が障害になるならば、名前を捨てる事に抵抗は無かった。
最初は、カガリの近くにいれればそれで良かった。

なのにどうしてだろう

想いが重なっても、寧ろ重なった後の方がカガリを想う気持ちは膨らんだ。
膨らめばそれに比例して貪欲になり飢えも増した。
しかも厄介な事に。
体の中に溜まり続ける、自分でも制御出来ない感情を全てカガリに押し付けようとする程自分は幼くもなく。
かといってそれ以外に、欠乏症の様なこの渇きを潤す術など知らなかった。
カガリでないとこの渇きは潤せない。
何もかもカガリでないと意味がない。


指の腹で何度も往復していると、ふるりと睫が震える。
起こしてしまったか、と触れていた手を離すと、ゆっくりと瞼が上がり、澄んだ琥珀がこちらを見た。

「ん・・・・アス、ラン?」
「すまない、起こしてしまったな」

虚空を彷徨っていた瞳が数度瞬きを繰り返し、目を擦った後小さく欠伸をした。

「私、寝ていたか?」
先程より幾分かしっかりとした声で問うてきた。
「ああ、ぐっすり」
「うわ、しまった。未処理の書類、今日中に片付けてしまおうと思ってたのに」
しまった、と顔を顰めるカガリに苦笑し、金髪を軽く叩いた。
「俺に手伝える事があるなら手伝うよ。今日は閣議もないから二人ですれば時間も短縮出来るだろう」
「うー、すまない」

口をへの字に曲げるカガリに、彼女が椅子の背に掛けていた上着を手渡す。
短い感謝の言葉の後にそれを受け取ったカガリだったが、アスランの顔を見るとはたと動きが止まる。
ソファの背凭れに上着を掛けると、居住いを正してアスランに向き直った。

「どうした、カガリ?」
「お前、またハツカネズミになってないか?」

鋭い指摘に一瞬顔が強張った。
話せ、と強い視線は訴えかけてくる。が、今の自分の抱えるジレンマをカガリ自身に言う事は躊躇われた。
言ってもきっとカガリを困らせるだけだ。

「少し疲れているからそう見えるだけだよ。大丈夫だ」

そう言って笑うがカガリの視線は弱まらない。逆に強さを増したようだ。
眼光の鋭さにたじろぐと、両襟を掴まれてカガリに引き寄せられた。
いきなりの事に体勢を崩し、カガリの方へ体が傾ぐ。
そのまま襟を掴まれて乱暴に口付けられた。
滅多に無い、カガリからの不意打ちの口付けに反応が遅れていると、呆れたような、怒ったような口調で
カガリが言い放つ。

「眉間に皺!お前さ、何かあったら仕舞い込まずに私に話せ。悪い癖だぞ」

真っ直ぐにそれだけを告げると、目を丸くしているアスランの眉間目がけて容赦ないデコピンが飛んできた。
痛む額を押さえて目を丸くする。

彼女はいつもこうだ。
色恋沙汰には疎いくせに、僅かな感情の変化を逃さない聡さも持つ。
そして、いつだってその事をカガリに気づかれない事はなかった。
いつだって、驚きと、愛しさを伴って壁を簡単に壊すのだ。


「で、どうしたんだ?」
「いや、すまなかった。問題は解決したよ」

先程までとはうって変わり、すっきりとした顔を見せるアスランを見て、不思議そうにカガリが首を傾げる。
アスランはその様子に目を細めて、自然な笑みを口元に浮かべた。
カガリからの、お世辞にも優しいとは言えない行為に、胸に滞っていた感情が流されていくのを感じる。
流れた後の胸には清々しい空気と潤いが満ちる。
我ながら現金になったものだと思った。

「カガリからしてくれるなんて珍しいな」
「疲れてるって言うから栄養補給してやっただけだ」

こちらを向かないカガリの耳は林檎のようになっていて、言葉とのアンバランスさに心が震えた。
そしてもっと、目の前の『栄養』が欲しくなる。


「もう一度、今度は優しく栄養補給してほしいんだが」
「な!!・・・んっ」

案の定真っ赤になって抵抗しようとする体をやんわりと押さえつけて一度栄養補給。
それでもまだ足りなくて顔を近づける。

「もっと欲しい」
「や、ちょっ、一度でじゅうぶ!!」
「もっと・・・・」
「んぅ!」


甘く吐く息が、柔らかな唇の感触が、逃げようとする舌が、自分にとって何よりの栄養となる。



だから

甘い甘い栄養をたっぷりと摂取して

心と体に潤いを



50,000ヒット御礼 

「カガリが振り返るアレックスに不意打ちキス。最後はアス攻め
でした
素敵なリクエストをしてくださったユー様に捧げます


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