普段ならば素通りするであろう一角がふと目に入った。


                              



抱えていた厚い書籍を抱え直して目に留まった場所へ足を向ける。
美しい装丁の本の並びを速度を落として歩きつつ、一冊一冊の本に指を這わせた。
SNOW WHITE、LITTLE TINY OR THUMBELINA ・・・・・。
ゆっくりと動いていた指が一冊の本で止まり、金色の刺繍が施されたタイトルをアスランの人差し指がなぞる。
棚から抜き取ると、手に収まったのは茶の革表紙に女性の絵が縫い込まれている本。
紙を捲ると、古びた本独特の匂いが空気に舞う。
翠色の双眸が文字を辿り、男の長い指が本を捲る。
午後の柔らかな光が窓から零れ落ちてきて、アスランの後ろに暗く、しかし暖かな影を作った。

開いた本のタイトルは『Sleeping Beauty』
一人の魔女により百年の眠りについたお姫様が王子のキスで目を覚ます物語。
身近にいる『お姫様』と余りに違う、物語の中の少女に首を傾げた。
アスランの知るお姫様は自らにかけられる邪悪な魔法でも跳ね返すイメージがある。
恐らくは一般的にはこの童話に登場するような少女をお姫様というのだろう。
しかしアスランにとっての『姫』はこの世に二通り存在し、両方が物語のお姫様像には当て嵌まらない人物だった。

一人は、砂糖菓子の様な甘い笑顔を惜しみなく万人に向けるラクス。
容貌、立ち振る舞いを見ても『姫』の名が相応しい歌姫は、美しいその笑顔でアスランよりも遥か高みを見ていた。
誰もが聴き入る声で、鋭く弾じられた時の真っ直ぐで澄んだ目。
彼女は薔薇を愛でる事はあれども、その茨に身を守らせ眠る事はない。

もう一人は正真正銘の一国のお姫様であるにも関わらず軍事訓練を受けた勇ましいカガリ。
彼女はガラスの靴ではなく無骨な軍用ブーツを履き、サテングローブではなく手にはコンバットナイフを持つ。
守られるだけを良しとしないカガリは王子の登場を待たず、きっと自らの手で道を切り開くだろう。
そんなカガリだからこそ自分は力になりたいと思うし、抱きしめたいと自然と体が動くのだ。

通ずるのは、両者とも大人しく王子を待つ性格はしていないという事。
(ラクスがそのような面を内包している事に気が付いたのは最近になってからだけれども)


「アスラン」

耳に馴染んだ声に普段より小さく名を呼ばれて伏せていた顔を上げた。
声のした方に目を遣ると、窓からの陽射し浴びて眩しそうに目を細め立っているカガリの姿。
腕には数冊の本を抱えていた。読んでいた本を閉じてカガリに向き直る。

「良い本があったのか?」
「あ、うん。まあな」

カガリは自分の手元を一瞥し、本をアスランから隠すように背に持ち替えた。
目敏くその動作を見たアスランは、一足でカガリの前に立つと流れるような動きで背後に隠した本を奪う。
本を開くと、そこには色とりどりの菓子が載せられていた。

ラズベリーのタルトレットやチョコレートのビスコッティ。
さくらんぼのクラフティに木苺のムース。

「これを借りて何をするんだ?」

バツの悪そうなカガリの顔とお菓子の写真とを見比べて出てきたのはアスランの正直な感想だった。
が、その一言を聞いたカガリの眉間には皺が寄る。

「作るに決まってるだろ!見て眺めるだけの為に借りるとでも!?」
「いや、カガリなら」

ありえるかな、と言う言葉は辛うじて呑み込んだがもう遅い。
カガリの目が鋭さを増す。
余計な事を言った。アスランが己の失態に気が付いた時にはもう遅く、カガリからの容赦ない蹴りが飛んで来た。
避ければ尚更カガリの怒りを煽る事は分かっていたが、元軍人の性か、頭で考えるより体が先に反応していた。
左手で足を捕まえると、忌々しそうな舌打ちが聞こえる。
第二段が来るかと若干構えながらも拘束していた手の力を緩めると、手に持っていた本はすぐにカガリにもぎ取られた。

「折角、甘さ控えめの菓子の作り方があったから作ってやろうと思ったのに。もう知らん」

口をへの字に曲げそっぽを向いて呟いた内容に、アスランは本を戻しに行こうとするカガリの腕を咄嗟に掴んだ。
菓子作りというものをカガリ自ら進んでする事は殆どなく、あるとしたら歌姫に誘われた時くらい。
そのカガリが自分の為に作ってくれるというのだから、この機会を逃すという愚挙は犯せない。

「カガリ、ごめん」
振り向いてはくれないカガリに心底済まなそうな声で囁くと、想像した通り、否それ以上に彼女の耳は赤くなった。

「カガリ・・・」
もう一押しと、吐息混じりに囁くと。

「こ、今度あんな事言ったら砂糖たっぷり使った焼き菓子を作るからな」

カガリらしい物言いに頬が緩む。

「それは・・・・分かった。本当にごめん」
「ちゃんと反省しているなら、いい。許す」






「でもさ、お前が童話を読むなんて珍しいよな。どうしたんだ?」
「個人の認識と世界の認識の相違について考えていた」
「・・・・解り易く言うと?」
「俺にはカガリが一番だって事」
「意味が解らん」



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