聞こえるのは南国特有の熱を帯びた風の音と、微かに聞こえる波の音。
それから遠くから風に乗って届けられる子供達の歓声。
それに混じって聞こえる、数を数える少女の声。
降り注ぐ太陽の下、身を隠す場所を求めて周囲を見回した。

「今日も暑いな」

空を仰ぎその眩しさに目を細めて呟いた言葉を聞く者はいない。
見上げた青い空には一筋の飛行機雲だけが在った。


                   黄と青



鬼に見つからないように慎重に隠れる場所を探していると、後方で数名分の声がした。
鬼役に見つかったであろう子供達の悔しそうな声と、次々に子供を見つけていくカガリの楽しそうな声と。
その声は普段首長会の面々を相手取る際の凛とした響きではなく、どこまでも楽しそうな声。
明瞭な音はそのままに、心から楽しんでいる様だった。
かくれんぼなんていう遊びを幼年期に友人とした記憶はなく、この歳になって子供達に混ざって走り回る
事に最初は軽い抵抗を覚えたが、どうやらカガリにとっては良い息抜きになっているようだ。
その声に安心して、いつの間にか止まっていた足を動かした。



少し歩くと茂みの中から子供が自分を手招きしているのが目に入った。

こっちに来いと言っているのだろうか

カガリに見つからないように注意しながら素早い動作で茂みへと身を隠す。
アスランを招いた先客はシナモンゴールドの髪を肩の辺りで揃えた少女だった。
目が合うと少女は小さな口を人差し指で押さえて緑の向こうを目で示した。
視線の先へついと目をやるとカガリが息を弾ませながらすぐ近くまで来たのが見えた。
息を殺してじっとしている少女を後ろから抱きこんで見つからないよう気配を消した。


カガリが動く度に白のワンピースの裾が風を受けてふわりと翻る。
柔らかな素材のワンピースは所々にレースをあしらった物でカガリの明るい金髪に良く映えた。
国の代表たる地位に就く姫様が日焼けなどしてはいけない、とカガリの乳母から渡された、ワンピースと
同種の意匠が凝らしてある日傘はすでにカガリの手にはない。
最初はそれでもくるくると回しながら持っていた筈なのだが。
やはり走り回るには邪魔だったようだ。
カガリの手から離れたそれはきっとその辺に放り投げられているのだろう。
帰ったらマーナさんに怒られるな、と苦笑する。小言を言われる自分が容易に想像出来るのも如何なもの
かと思うのだが。母親代わりであるマーナはカガリの事となると人が変わる。
口煩いとカガリは顔を顰めるのだが、その実、カガリがお小言を言われる時間よりもアスランが諌められる
時間の方が長いのだ。
「貴方がついていながら」から始まって延々と続くであろうお小言は出来れば聞きたくないのが本音だが、
折角カガリが楽しんでいるのを邪魔するのも忍びない。
一応外に出る前にクリームは塗ってやったから、もう少しあのまま屋外にいても大丈夫だろうと結論づけた。


くるくるとよく動く瞳は未だ見つけていないアスラン達を見つけようと楽しそうに周囲を見渡している。
少女がそんなカガリを見て、「こんなに近くにいるのにね」と囁き、口に手をやってくすくすと肩を震わせた。
幼子の邪気の無い笑顔に目を細めて頷く。

「あ」

腕の中でこちらを見上げた少女が何かを発見したかのような声を上げた。
小さな手でアスランの前髪に触れてにっこり笑う。

「お兄ちゃんの髪の色、お日様の光に当たると綺麗。お空の色みたい」

「え」

脈絡の無い少女の言葉と笑顔に何とも間の抜けた反応を返してしまった。



そういえば似たような事をカガリにも言われたことがあった。
あれはいつだったろうか。細指に藍の髪を絡めて「綺麗だ」と微笑んだ彼女。
まるでこのオーブの大空のようだ、と。

カガリと同じような言葉を言われるとは思っていなかったアスランは、澄んだ瞳を見て目を瞬かせた。
でね、と弾んだ声で少女は続ける。

「お姉ちゃんはお日様の色。きらきらしててすごく綺麗」

「カガリの髪の色が好きか?」
「うん!お姉ちゃんも好き。明るくて暖かくてお日様みたいだから!」
「そうか」
優しく頭を撫でてやると嬉しそうに目を瞑った。





緑の茂みを爽やかな風がさわさわと音を立てて揺らす。
かくれんぼに付き合いだした時には頭上で燦々と輝いていた太陽は次第にその色を変え始めていた。
眠たそうに目を擦る少女を抱えて、その変化を飽きることなくただ見つめる。


「あのね」
「ん?」

遊びつかれたのだろうか、胸元でこくりこくりと船を漕ぎながら話す言葉はどこか虚ろ。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんも、お空とお日様みたいにずっと一緒にいてね」

絶対よ、と呟いた声はすぐに空気に溶けて消えたけれどアスランの耳には確かに届いた。
そのまま穏やかな寝息を立て始めた軽い体躯を背に、ゆっくりと立ち上がる。
長引いたかくれんぼもこれくらいが頃合いだろう。
カガリに見つかった子供達は自分達を待つことに飽いて別の遊びに興じているだろうか。
それともこの背の子のように疲れて眠ってしまっているだろうか。


起こさないよう気をつけて帰路につくと、前方からカガリが自分達の名を呼ぶ声が聞こえた。
声のする方に体を向ければ、夕焼け色に染められたワンピースを身に纏ったカガリが歩いてくる。
少女が「好き」だと笑い、自分が何よりも愛しく思う金の髪を風に靡かせて。
カガリ、と一声かけると周囲を彷徨っていた瞳がこちらを捉える。
カガリの口が自分の名を形作る。そして小走りで近づいてきた。
すぐ側に来ると、既に夢の世界へと誘われた少女を覗き込んで、よく寝ている事を確認するとそっと頭を撫でた。

「疲れたんだな、いっぱい遊んで」
「そうだな・・・。他の子らは?」
「ブランケットに包まって皆寝てる。さ、帰ろう。ラクス達が夕飯の準備を始めているから手伝わないと」


くるりと回って来た道を戻ろうとするカガリに並んで共に歩き出す。
空を見上げると雲をも染め上げる圧倒的なオレンジのグラデーション。
けれどアスランの目はその向こうに、少女と見た鮮やかな青と黄の輝きを思い描いた。
「ずっと一緒で」と言った幼い声。
それはアスラン自身が誰よりも強く願う祈りの言葉。


「明日もきっと晴れるな」

緩やかに沈みゆく太陽を見てカガリが嬉しそうに笑う。

「そうだな」

隣で笑ってくれる彼女を心から愛おしいと思った。



これから何があっても、きっと自分はこの笑顔の側から離れられないだろう。






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