その名が指し示すもの。一番最初の贈り物。



今だ多くの人々が眠りという揺りかごに揺られている時刻。ベッドのサイドボードに置かれた時計だけがコチコチと規則正しく動いている。厚いカーテンで閉め切られた室内は暗闇に覆われ、ただ時折部屋の片隅で緑や赤のランプが点滅し、その僅かな間だけ微かな光が点った。微々たる光の届く先には読みかけの本や、写真立ての中で笑う少女の笑顔があって、ぼんやりとだがその輪郭を浮かび上がらせている。
その光が届かない一角で、黒い塊がごそりと動いた。
よく見るとそれはシーツに包まって寝息を立てている青年の姿で、先程寝返りをうった後は穏やかな呼吸が聞こえてくるだけ。枕に顔を埋めている彼は熟睡しているようで、閉じられた瞼は上がる気配すらない。

その時、カチャリと小さく音がして、部屋の扉が数センチ開いた。廊下の明かりが筋になって暗がりに射し込むが、深い眠りに落ちているアスランの覚醒を促しうる力にはならなかった。女性が羨むほどに長い睫が動いたけれど、体の向きを変えて再び寝息を立ててしまう。
その様子を扉の隙間から一対の琥珀が覗いていた。こんもり盛り上がった毛布が上下に動くのを確認すると、物音を立てないよう慎重にドアを開けてそろそろとベッドまで歩く。アスランの寝顔をじっと見て、その眠りの深さを確かめると目を細め、口の端をつり上げた。音を付けるならば、『にやり』や『にたり』という音がぴったりの企みに満ちた笑顔だったが、アスランはカガリから発せられる空気にも目を覚ます事はなかった。

次の瞬間カガリは毛布の端を両手で持って、それを一気に剥ぎ取った。
急に身体に当たる冷気にアスランの眉が寄せられ、なくなった毛布を求めて手がシーツの上を彷徨う。

「起きろ、アスラン!!」

勢い良くボスンとベッドの端にカガリが飛び乗ると、新たに加わった重みでスプリングが軋んで音を立てた。眠気眼のエメラルドがぼんやりとカガリの姿を映す。よく知る少女の突然の訪問に、アスランは緩慢な動きで起き上がり、サイドの時計の針と目の前の少女を見比べた。

「どうした・・・こんな時間に・・・・。何かあったのか?」

見れば未だ夜明け前。前夜、遅くまで読書をしていたアスランにとってはもう少し寝ていたい時間だ。けれどもベッドにちょこんと座っているカガリはこんな時刻だというのに何故かきっちりと服を着こんでいる。普段着のラフな格好の上にジャケットを着て帽子を被っている姿にアスランは首を傾げた。


「出かけるぞ、アスラン。準備しろ!」
「・・・・お前、今何時だと。」
「良いから!時間がないんだ。早く起きて!しゃきっとしてさっさと着替えろ!」


ぐいぐいと腕を引かれてベッドから引き離され、問答無用でクローゼットの前に連れて行かれると、カガリはその中から適当に服を見繕って後ろ手でポイポイとアスランに放り投げる。アスランは緩やかな弧を描いて投げられたそれを全てキャッチするとカガリから見えない位置に移動して夜着を脱ぎ、代わりに投げ渡されたシャツに腕を通した。着替え終わって現れたアスランにカガリはジャケットを手渡して悪戯っ子のような笑顔で笑った。

「じゃあ行こう。少し急がないと間に合わない。」


どこに、とかこんな時間に、とか聞きたい事もあったがカガリの方から握ってきた手の温かさに、開きかけた口を噤んで引っ張られるがままに部屋を後にした。静寂に包まれる廊下を走り、朝靄に包まれる中庭を抜け、二人は人気のない道に出る。前を走るカガリの吐き出す息が白い。自分もきっとそうなのだろう。頬に当たる風はもう冬のもので、容赦なく熱を奪う。だから余計に繋いだ手が温かく感じるんだと思った。
カガリの足は舗装された道を外れ、秋色に染まった木々が立ち並ぶ坂道に向けられた。夜明け前の空はアスランとカガリの頭上に十分な光を与えてはくれない。それでもカガリの走る速度は落ちる事無く、なだらかに続く斜面を駆けた。地面を蹴る度に夜露に濡れた草で足元がひんやりする。吸い込んだ空気は冴え冴えと澄んでいて痛い位だ。




ふいに一歩前を走っていたカガリの足が止まった。


「見ろ、アスラン。何とか間に合ったみたいだぞ。」



促されるまま足に力を込めてカガリとの距離を埋め、隣に並んだ。
すっと腕を伸ばすカガリが指差した先を見たアスランは、眼前に広がる光景に言葉を失った。
まず目に入ったのは白。アスランの知るどの色とも違う、眩い色。その色が周囲の闇色を塗り替えて、白い色の世界へとグレースケールで変化させてゆく。朝靄はその光によって美しく色を変え、水面は風が吹いて揺れる度に、光を反射して煌めいた。圧倒される程の色の世界。今ここに立っている自分が吸い込まれて溶け込んでしまいそうな。


「綺麗だろう。地球の夜明けだ。」

言葉を失っていたアスランにカガリが誇らしげに両腕を空に広げた。


「今日お前に見せたかったんだ。この夜明けを。お前の名の示す世界を。」

―『athrun』はね、地球のある国の言葉で『夜明け』を意味するのよ―
カガリの言葉に遠い昔の優しい声が重なる。

「きっとお前の生まれた日もこんな綺麗な夜明けだったんだろうな。」

カガリは昇りゆく太陽を眩しそうに見つめ、遠くに馳せる思いを言葉に乗せる。そして空に向けていた視線をアスランに向けて、朝焼けにも負けない笑顔で笑った。

「誕生日おめでとう、アスラン!!どうしても見せたかったんだ。お前のお母様とお父様がお前に贈った名前がどれくらい美しいものか。」


ああ、そうか。今日は俺の・・・。
カガリの一言で漸く今日が自分の誕生日である事を思い出す。
そうして改めて目の前の朝焼けを見つめた。何年も前の今日父と母も赤ん坊の自分を抱いて夜明けを見たのだろうか。その時の夜明けもこんな風に美しく両親の目に映ったのだろうか。その時両親が見ていたであろう風景を今こうして自分が見ている。そう思うと不思議な気持ちになった。分かり合えなかった父と、宇宙に散った優しい母と、今も確かに繋がっている。そう思える光を今日の朝焼けは内包しているような気がした。


「やっぱり、物の方が良かったか?」

微動だにせず前だけを見つけるアスランの沈黙を悪く取ったのか、カガリがおずおずとアスランの顔を覗きこんだ。
不安そうなカガリの言葉を首を横に振って否定し、手を伸ばしてカガリを引き寄せた。
光と同色の金の髪に顔を埋めてぎゅうと強く抱きしめる。胸元でカガリがほう、と息を吐くのが分かった。

「いや・・・凄く嬉しい。連れてきてくれてありがとう、カガリ。」
「そっか。良かった。」

カガリの腕が背に回ってアスランのジャケットを掴む。珍しく甘えてくるカガリを更に強く抱きしめて、アスランは全身を包む朝焼けの光の中で柔らかく笑った。




アスランお誕生日おめでとう話。時間軸や場所は不明。
まだ目も開かないアスランをパトリックが抱いて、そんな二人をレノアが見守っている、そんな優しい過去があったら嬉しい。



フリー配布用小咄でした。


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