聖なる夜の名残が残るこの場所で





広い邸のある一室で男女の楽しげな笑い声が聞こえる。明るい光に包まれた部屋には大きなもみの木が置かれ、その側にはチキンやオードブルが並べられている。それらを囲んで談笑する彼らはグラスを片手にそれぞれが会話を楽しんでいるようだ。その中に、グリーンのワンピースを着た一人の女性の姿が在った。彼女の名はカガリ・ユラ・アスハ。オーブの若き獅子と称される指導者だ。
まだ幼さの残る顔立ちのカガリは、普段着飾るのを好まない彼女にしては珍しく、薄く化粧をしている。何人かの友人と笑い合っていたカガリは、談笑の輪の中から離れると窓辺に足を向け、白く曇るガラスに手で触れて、薄く彩られた唇からそっと溜息を吐いた。

彼女の気分を自然と下げてしまう、その原因。それは今日という日の特殊性にあった。
今日は十二月二十五日、クリスマス。世界三大宗教の一角であるキリスト教のイエス・キリストの誕生を祝うこの日、街は色とりどりのオーナメントで飾られたツリーや、軽やかな鈴の音で溢れかえる。豊穣の女神ハウメアの加護を受けるオーブもその例外ではなく、クリスマスが近づく程に街は輝きを増して浮き足立っていた。オーブの理念に惹かれ、女神の懐で生きる人々は皆がそれぞれに信仰する神を持っている。多様な信仰が生きるこの国ではクリスマスも大切な祭日の一つだ。街のショーウィンドウには宝石の如く輝く果実の乗ったケーキや、程よく焼けた七面鳥がディスプレイされて歩く人々の足を止める。カガリもその中の一人で、休日を利用したお忍びで街を歩けば、それらが食卓に並ぶ日を想像し、指折り数えて待っていた。


一件の通信が入るまでは。



思い出されるのはすまなそうにこちらを見る一対の緑翠。
謝るアスランに対して約束だったのに、と責めるのは簡単な事だった。しかし、難しい案件を山のように抱えて、それでもカガリとの約束を果たそうとしてくれたアスランを責めるなんてどうしても出来なかった。今自分達の抱えている仕事一つ一つの重さを痛いほど認識しているカガリだからこそ言う事は出来なかった。分かった、と頷いた時もちゃんと笑えていたと思う。アスランは最後まですまなそうな表情のままだったけれど。
そんなアスランを見て、今年が無理でも来年があると納得した筈だった。
元々クリスマスは、キリスト教徒が救い主たるキリストの誕生を喜び祝う日だ。イエス・キリストの誕生を祝えればいいではないか。そう思おうとした。けれどもそう自分に言い聞かせる度、どうしても物足りなさを感じた。やはり季節のイベントは大切な人達と共に過ごしたかった。MSを駆り、戦いの最前線に身を投じた事があるとはいえ、カガリも同世代の少女らと何ら変わりない。今頃仕事に追われている恋人と時間を共有したいと思うのは当然の願望だった。その願いを現実のものにする為にアスランもカガリも連日夜更けまで仕事をこなしていたのだ。気心の知れた友人と恋人と、この聖夜を共に過ごす為に。

物思いに耽っていた意識を戻して、伏せていた瞳を上げる。見えるのは明るい照明の光と楽しそうな友人らの笑顔。その笑顔一つ一つはどれもカガリの大好きなものなのに、その中に一番見たい人の笑顔が見当たらない。シャンパングラスに口を付けて、しかし中身を飲む気にもなれずにテーブルに戻した。窓の外に目をやれば、ガラスの向こうには輝く満天の星空。冬の夜空は空気が澄んでいて、瞬く星々がよく見える。ひんやりと冷たい窓ガラスにそっと手を当てて、遠く離れている恋人を想った。



「アスランがいなくて寂しい?」
後ろから声を掛けられて振り返るとキラとラクスが並んでこちらを見ていた。二人とも堅苦しくない程度の盛装をしていて、特に淡い桜色のワンピースにストールを合わせたラクスは同性の目から見ても美しい。柔らかく微笑んで歩み寄ってきた二人にずばりと心中を言い当てられて、内心驚きながらも首を横に振った。
「別に・・・・そんな事はないぞ?」
「でもお顔はそう言っていますわ」
歌うように告げられたラクスの言葉は何もかもお見通しのようで、カガリは視線を泳がせた後、すいと視線を窓の外に向けて頷いた。楽しい時を過ごしている友人達の前で泣き言を言うのは少し躊躇われたけれど。
「・・・・・うん。やっぱり寂しいかな」
それが正直な気持ちだった。



「カガリ、知ってる?クリスマスは一年の間良い子だった子の所にサンタクロースが来てくれるんだよ」
「え?」
茶目っ気たっぷりに笑うキラに首を傾げた。赤い服に白い髭と大きな袋。サンタクロースの存在は誰もが見る幼い頃の夢の世界だ。今よりずっと小さかった頃のカガリも、クリスマスの夜は毎年胸をわくわくさせてベッドに入ったものだった。今年こそはサンタクロースを見るんだと意気込んで、けれど一度も見る事が叶わなかった小さな自分。でも次の日の朝、目を覚ますと必ずあった、枕元の贈り物のリボンを解く時の、あの心躍る感じは今でもよく覚えている。きょとんとしたカガリに微笑んで、キラの隣に寄り添っていたラクスがふわりと微笑んだ。
「カガリさんはずっと頑張ってらしたもの。きっと一番望んでいる物を届けてくれる筈ですわ」
そう言って手渡されたのは、クリスマス色をした大きな靴下だった。緑と赤のストライプに金や銀の星が散りばめられたそれの用途はカガリもよく知っている。
「それを枕元に吊るして寝れば朝にはきっと素敵な贈り物が入っているよ」
「俺はアレが素敵だとは到底思えないがな」
いつから聞いていたのか、イザークがしかめっ面で話に混じると、その横にいたディアッカがグレーのスーツに包まれたイザークの脇腹を小突く。痛いと睨みつける鋭いアイスブルーを軽く宥めて、ディアッカはカガリの方に向き直った。
「止せって、イザーク。それじゃカガリちゃん、俺達はそろそろお暇するから」
そう言ってちらつかせた腕時計の針は確かにもういい時間である事を告げている。
「もうそんな時間か、じゃあ気を付けて帰れよ」
「ああ、メリークリスマス」
「メリークリスマス」


賑やかな声が無くなった部屋はそれまでの明るさが泡沫のようにしんと静まり返っている。どうせなら泊まっていけば良いのにと呟いてすぐにふるりと首を振った。友人達は友人達の仕事も生活もある。それぞれ忙しい中こうして集まる事が出来たのだ。これ以上望むのは欲張りだろう。自分勝手な考えに、パチパチと頬を手で叩いてカガリも部屋を後にする。
軽いアルコールでも、友人とのフランクな会話が加えられれば微醺を帯びるものだ。とろりとした眠気に包まれたカガリは、一つ欠伸をすると熱いシャワーを浴びて一日の疲れを洗い流し、自室のベッドに飛び乗った。ベッドサイドに置いていた、カラフルな靴下を取って枕元に掛けて横になる。
一番欲しい物・・・・・か。
帰り際のラクスの言葉を反芻する。
けれどカガリの一番欲しいものは物ではないのだ。

早く会いに来いよ―・・・・
ゆっくりと閉ざされてゆく瞼の裏で藍の色がちらついた。





「・・・・・ん」
まどろみの中ころりと寝返りを打つ。すると、何だかとても暖かいものが前にあるのを感じて、その温もりを求めるように無意識に体をすり寄せた。
何だろう。あったかくてすごく落ち着く・・・・。
と、すり寄せた頬に緩い振動を感じた。次いで聞こえたのはここに居る筈のない男の笑いを含んだ声。それはカガリをまどろみの世界から呼び起こすのに充分な力を持っていた。
「今朝は随分と積極的だな」
重い瞼を上げてまず目に入ったのは、カガリを見て目を細めるアスランの姿だった。遠い地で仕事をしている筈の恋人が自分のベッドでくつろいでいる姿に、起きぬけの頭は一気に混乱する。
「お、おま!どうして!仕事は!?」
まず最初に口をついて出てきたのは我ながら可愛くない台詞だった。しかしアスランはそれを特に気にした様子も無く、カガリの乱れた髪を手で梳いて笑った。
「お節介で優秀な人材が沢山いてね。早く帰れって追い出された」
ポカンとしていたカガリだったが、肩を竦めるアスランの言うところの『お節介で優秀な人材』の面々の顔を思い浮かべて、くすぐったい思いでアスランを見た。
「じゃあお前が私のクリスマスプレゼント?」
「いやか?」
そう尋ねるアスランの表情はどこか楽しそうだ。
「随分大きなプレゼントだな」
「流石に靴下の中には入れなかったよ」
苦笑するアスランにつられてカガリも笑った。二人分の温もりで温まったベッドの中で二人で笑っていると、ここが世界で一番暖かい場所のように感じる。やっぱりこれがいいと、規則正しく動く心臓の辺りに頬を寄せた。
「入らなくたっていいんだ。一番欲しかったものだから」
寝起きでまだ寝ぼけているのか、それとも聖なる夜の名残か、いつもより素直な気持ちでいる事が出来た。美味しいご馳走と共に飲んだアルコールは体は温めてくれたが、心はどこかスースーしていた。でもこうしていると体もだが何よりも心が満たされる。恥ずかしいから本人には言ってやらないが、アスランの温かさが一等好きだと改めて思った。

「あ、そうだ。ごめん。私、プレゼント用意出来なかった・・・・・」
「そんなの気にしなくていい。これから俺も一番欲しいものを貰うから」
「?」

何か自分は持っているだろうかと、首を傾げて辺りを見るが特にアスランが欲しがるような物があるとは思えない。それは何だとアスランを見れば、そっと引き寄せられてアスランに抱きしめられた。その行動で彼の望むものを悟ったカガリは

「え、え!」
「嫌か?」
「う・・・・」
こちらに決定権があるような言い方をしているが、その実カガリに拒否権はない。笑ってはいるがアスランの目は真っ直ぐにカガリを捕らえていて、その目にカガリが弱い事を彼はよく知っていた。性質の悪い奴と呟いて、ゆっくりとアスランの背に腕を回す。サンタクロース達がカガリに贈ってくれたプレゼントの、クリスマスプレゼントになる為に。



さあ、これから先は恋人達の少し遅いクリスマス。
綺麗に包装された贈り物を解いて、ゆっくりとその中身を堪能しよう。

聖なる夜の、名残が残るこの場所で。




Merry Christmas 2005!
二人で過ごせる時間こそが何よりのクリスマスプレゼント。


使用した素材は配布物ではございません。ご了承ください。 
配布元: 
Andante

フリー配布用小咄でした。


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